史跡

韓国の紅葉と昌徳宮と昌慶宮

日本より先に韓国には冬が来ている様子。最高気温7℃、最低気温-4℃。そんな寒さの中、氷雨のソウルを散策した。世界遺産にもなっているソウルの五王宮のうちの昌慶宮、昌徳宮へ。街中で韓国はパステルカラー使いが多い。西洋的な「可愛さ」の模倣かと思ってい…

夜に魔法のかかる「朱家角」

水郷の千年古鎮を歩く。あ、いいなと思って眺めていたのは1箇所だけ三階の高楼を持った建物。木造四階建の「金具屋」旅館でも感じたことだが立体積層建築にはワクワク感を刺激する何かがある。何故か木造であることが重要で88階建の金茂タワーに泊まっていて…

ランタン尽くしの夜ホイアン

日が暮れてもホイアンは絶えることなくフォトジェニック。塗装の剥げた壁も雨晒しの退色したランタンもなんだかカッコいい。あちらこちらでカメラ小僧が澄まして、少しばかり照れながらポーズを決めた女性陣を撮る。女性同士で撮り合っているのもよく見かけ…

越南 紫禁城

美麗なミンマン帝廟

中国禅宗五山霊隠寺と空海あるいは弘法大師

日本の巨大伽藍のような規模感の堂が3つも4つも連なっている。そんな壮大な霊隠寺は中国禅宗五山の一山で年間300万人も参拝者が訪れる名刹だそうだ。 西暦326年、あるいは328年に天竺僧によって開山された霊隠寺は804年から806年に遣唐使の一員として中国に…

中国禅宗五山 杭州霊隠寺は石仏天国

石仏好きには必見の飛来峰は岩の選び方も魅力 永福寺の龍井茶畑は一番絵になる茶畑 茶館や食堂などもあり値段も高いが綺麗で高級感もあり静かに雰囲気を楽しめる 霊隠寺は壮大 空海像に歴史を感じる 南宋御街、清河路は別段特筆すべき店があるわけではないが…

中国で最も愛される英雄「岳飛」廟

12世紀に金の侵略から南宋を守る為に戦った英雄で勢力拡大を恐れた自国の宰相秦檜に謀殺された「岳飛」。悲劇の英雄であり、三國志演技の関羽と並び称されるのだという。時代といい、その悲劇性から国民に愛されてきた構図的には日本で言うならば源義経に近…

杭州 西湖の湿地。12世紀時点での世界最大都市の巨大市民公園。

1週間の出張会議を終え、今回は高速鉄道で1時間で杭州へ。78RMBの2等席に乗り、3RMBで杭州東駅から西湖に最寄りの地下鉄駅へ。そこからはひたすら10kmほど湖畔を歩いた。上海から少し足を伸ばすだけで朱角家の水郷の夜の静けさと落ち着きは素晴らしかった。…

花の乱れ咲く動態展示の秀逸なシャノンソー城

橋の形をしたシャノンソー城。元々はシェール川にかかる製粉場だったものをシャルル8世の侍従が城に設え、さらにアンリ2世の所有となった後に妾のディアーヌ・ド・ポワチエが相当、手を入れて作り込んだらしい。 絶大な影響力を持った愛妾が自らの慰めに愛着…

パリからの日帰り遠足に穴場、シャンパーニュの旧首都プロヴァン。

Provinsというイル・ド・フランス県の南東部の小さな街へ出掛けた。シャンパーニュ伯爵領の首都として栄えた中世の商業都市だそうだ。プロヴァンというと南仏のプロヴァンスと勘違いされることが多く、パリに住むのが長くとも知らない人は案外、多い。 11世…

王の放蕩と見栄の不実用。シャンボール城

週末にやることがないので世界遺産にもなっているシャンボール城とシャノンソー城を巡るバスツアーに申し込んでみた。片道2時間半。 フランスで言うところの京都鎌倉のようなところだろうか。パリに都が移る以前、15世紀の政治の中心地で城が次々と建てられ…

仏、韓、印人を 浅草でもてなしてみた

備忘録 小豆が苦手な欧州人も多いが好きな仏人もいる。漉餡の人形焼きを気に入っていた 浅草寺の御神籤は英語の説明もある 「まるごとにっぽん」は高価格だが質の良い品々が揃う 仏の女性は萩焼きの湯呑みとフグダシの柚子ポン酢、兎の鈴を購入 印度の女性は…

無くなるのが惜しくてたまらない戦後昭和の歴史遺産、高円寺の民生食堂「天平」

創業昭和26年。2012年の他の方のブログを見ると暖簾は左から右に食堂と大きく書かれた紺色染め抜きの暖簾がかかっている。こちらは右から左に書かれており、しかも白地に黒。敢えて古い暖簾を掛けているのだろうか。 ガラス戸を開けて中を見るまでの心理的抵…

深大寺温泉へ 新緑の気晴らし

独り深大寺へ。 新緑の下、石段を上がった林の中の深大寺蕎麦茶屋。こちらは犬も可とのこと。覚えておこう。次はマンゴー殿と一緒に。 瓦と土で作られた装飾的な寺の塀。見ているだけで瑞々しいモミジ。京都の寺院のような古びて静かで緑に溢れた、東京で気…

希少な皇居内の桜見。まるで品種博覧会のよう。

今週のお題「お花見」とのことだが、この時期はFacebookもInstagramも日本の友人は桜の報告で溢れている。綺麗な桜を観たら投稿せずにはいられない我ら日本人。 今年は3月24日〜4月1日まで公開しているという皇居の坂下門から乾門までの750mほどを歩いて通り…

白雪の日光東照宮の綺麗寂

昔、ブルーノ・タウトという有名なドイツの建築家がいた。彼は桂離宮の侘び寂びの抑制された美に「ここに繰りひろげられている美は理解を絶する美、 即ち偉大な芸術のもつ美である、 すぐれた芸術作品に接するとき、 涙はおのずから眼に溢れる。」と最大限の…

華麗なる一族の邸宅で昼餐 「二木屋」

子供を親に預かってもらい夫婦水入らずで年末の昼餐を、かねてから行ってみたかった北浦和の「二木屋」でいただく。せっかくなので子連れではいけない店へ行きたかった。 自由民主党の初代厚生大臣だった小林英三氏の邸宅を改装したレストラン。小林家は毛利…

印度の美意識の原型は孔雀か。ジャイプール 市街宮殿と天体観測器ジャンタルマンタル

水墨画のように灰色が重なる水上宮殿の景色。乾いた土地で貴重な湖の中に浮かぶ宮殿は楽園の体現なのだろう。 「この門は何世紀に誰が建てた」だのと耳元で途切れることなく喋り続けようとするガイドさんに、のんびりぶらぶら見て回りたいから入口の木陰でチ…

アンベール要塞と宮殿と

風の宮殿。王宮の周りを2km近くも回廊が張り巡らされ、そこには網目の覗き窓があって宮廷の女性達が姿を見られることなく外の市井の様子を眺められたのだとか。 とはいっても宮殿に面した街並みに本当の姿があったとは思えない。検閲済みの情報のようなもの…

アルシサール・ハヴェリ ホテル

そりゃあ、もう、ジャイプールにも一泊3万〜5万円、果ては10万円もする高級宮殿ホテルはいくつかある。ムンバイで泊まっているトライデントホテルの系列ホテルだって3万円近い。 それらに対して、このアルシサール・ハヴェリが1泊8500円って驚異的ではなか…

上海からタクシーでいける寛ぎの水郷古鎮「朱家角

上海からタクシーで行ける近さ 巡ってまわりたい快適カフェ多数 夜や早朝は静かで人も少ない憩いの場 日帰りよりも泊まりがオススメ 清潔で趣のある古民家ゲストハウスが幾つかある 水郷の水は臭くない。真夏でも上海市街より涼しい正直なところ、粽も角煮も…

電車好き幼児と遊び尽くす 江ノ電と線路沿いカフェ

江ノ電の眺められる甘味どころ 江ノ電の眺められるカフェ 江ノ電を横切って鳥居をくぐる神社 江ノ電の描かれた御朱印帳 気分転換に海と砂浜と江ノ島と富士山 最後に非売品の江ノ電グッズを頂くそんな鉄道好きの大人も子供も愉しめる1日コース 藤沢、鵠沼、江…

エローラ石窟 カイラス山式遺跡水槽を造るなら参考に

アジャンタの広い石窟だけでも驚いていた。それがエローラになると規模が飛躍的に拡大する。 アジャンタの開窟に携わっていた夥しい石工がアジャンタ放棄の後にはエローラの開窟に回ったという。エローラの印象はわかりやすい規模の拡大。その巨大さで信者、…

アジャンタ石窟グプタ様式仏教芸術の数々

ムンバイから飛行機でアウランガーバードまて1時間。さらに街から車で2時間の距離にアジャンタ石窟はある。川に削り取られた湾曲した岩壁に30近くもの石窟が並ぶ。雨季も修行の日々を送れるように岩を削り出して作ったのだそうだ。 目と鼻の先にある滝壺か…

いつか廃墟水槽を造る為に デカン高原最強のタウラターバード要塞

気温は42度だそうだ。4から5月は全く雨が降らない。 馬鹿だ、自分は。こんな高温乾燥した強烈な日差しの下を歩いて回るには軽い綿でできたダボダボの長袖、長ズボンが正解に決まっている。サハラ砂漠のベドウィンスタイルであり、インドの長クトゥラだ。それ…

ストラスブールの栄華

パリから2時間。手頃な郊外への遠足に最適な歴史都市、ストラスブール。 中世のストラスブールは神聖ローマ帝国の支配下にあり、アルザス地域がフランス領となった後もフランスによる併合を免れていたそうな。そしてルイ14世の治世となり領土拡大時にようや…

機械仕掛けの天文時計

ストラスブールで巨大な天文時計に出逢った。大聖堂の中に18mの高さで聳える。 現在のものは三代目で1842年に完成したものだそうだが、閏年や分点だけでなく復活祭の日(「3月21日当日あるいはそれ以降の最初の暦上の満月を過ぎたあとの最初の日曜日)を計算…

高尾山よりも御岳山

・新宿から電車で1時間10分、バスで10分の近郊 ・講で賑わった巡礼の地 ・茅葺の家屋が散在 ・犬連れに優しいコース ・狼を祀る武蔵御嶽神社 ・お務めや座禅に参加できる宿坊 ・運良ければ雲海が見える ・整備された登山道 ・滝行も可能 ・滝や神代の杉など…

桃園川 暗渠緑道

かつてはホタルの住む清流 田圃に給水する為の用水路 水源は荻窪の天沼弁天池 やがては神田川に合流する 関東大震災以降移り住む人が急増し 宅地開発のために1本に改修された 狭い川底の為、しばし氾濫 昭和30年代に暗渠化が決定 昭和40年に暗渠となり下水幹…