上海一目惚れした根と苔の芸術

f:id:mangokyoto:20180616202132j:plain

莫干山路50号で度肝を抜かれたのがこちら。主役級の存在感があるのに勿体ないことに人通りの少ない路地裏にあった。

 

巨大な広く浅く張った根の塊。本来は幹が伸びていたであろう中心部には龍が彫られている。なんとスケールの大きな中華の大陸的作品か。

f:id:mangokyoto:20180616135115j:plain

根には苔がむしてその混沌とした肌も素晴らしい。加工されて作品になってからも長い年月が経っている。いつから龍は形を持っていたのだろう。20世紀終わりか、鄧小平の頃か、毛沢東の頃か、日中戦争中か清朝末期か。

 

f:id:mangokyoto:20180616135101j:plain

手を加えられた彫られた箇所と根の形そのままな箇所が苔がむしたことで判別がつかなくなっている。

f:id:mangokyoto:20180616135148j:plain

凄みがある。

 

f:id:mangokyoto:20180616135037j:plain

根が集まり、密度が超過した箇所が龍の形を成し始めたかのよう。

 

売物だろうか。値段はいかほどだろうか。断トツで欲しいと思った作品。

f:id:mangokyoto:20180616135005j:plain

庭にでも置いて、この根に対面するように椅子を置いて飽きるまで見つめたい。根の瘤が色々なモノに見えてくる。

 

放射状のこの複雑な根張りを陶器で現せないだろうか。

 

自然造形の写し

人工造形の有機物への溶け込ませ

苔、苔、苔

経年を感じさせる質感

 

 

f:id:mangokyoto:20180616130005j:plain

もう一つ。

 

f:id:mangokyoto:20180616130052j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180616130101j:plain

 

燃える焔

樹の根と瘤

渓流の水

波濤

 

眺めていても飽きないもの。そういう造形を造りたい。

 

初夏の爽やかな谷川岳。ロープウェイとリフトは幼児連れに快適。

 高円寺から初夏の谷川岳へ。初めて練馬インターから高速道路に乗って北へ、北へ、3時間。

f:id:mangokyoto:20180609122257j:plain

折角なので牧場ではなく谷川岳に行かせてもらうことにした。乗物好き幼児にはロープウェイとリフトのコンボは楽しかろう。御岳山をさらに雄大にさせたようなコースだ。

f:id:mangokyoto:20180609121456j:plain

立派な座椅子のついたゴンドラへ。

 

f:id:mangokyoto:20180609121641j:plain

ゴンドラ駅を出る寸前の加速に胸が踊る。

f:id:mangokyoto:20180609141320j:plain

緑が濃くて美しい。少し雲がかかった日で快晴とは言い難いけれども、この季節はまだ乾いてひんやり爽やかな風が気持ち良い。

f:id:mangokyoto:20180609141518j:plain

飛び込みたくなるような滝壺が眼下に見えた。

 

f:id:mangokyoto:20180609123738j:plain

ゴンドラ駅の展望レストランで昼食。ここは冬はスキーゲレンデ下のレストランとして機能する。学食にあるようなトレイにカツカレーや山菜うどんなどのメニュー。凝った美食ではないスキーゲレンデにありがちなメニューではある。

 

f:id:mangokyoto:20180609124009j:plain

ふにゃふにゃとした饂飩に漬けてあった山菜とお揚げさん。でも、不思議とガッカリもしない。展望レストランが目当てだし、子供は美味しそうに食べてくれる。

 

f:id:mangokyoto:20180609135037j:plain

まだゲレンデには雪が残っていた。

 

f:id:mangokyoto:20180609130926j:plain

大人往復720円、未就学児童無料。そこからさらに山頂までリフトに乗ることもできるのだが、その値打ちはある。山野草の生命力に溢れた斜面をギリギリの高さでリフトが上がっていく。高原植物やら蕨やらを眺められて楽しい。距離も長く、乗り甲斐がある。芽吹く草、咲く花の移り変わりを楽しみながら何度も乗りたい。

 

リフトは地表から1mの高さもないので、万が一、落下しても問題ない。時折、足裏に草が当たりながらグイグイと上がっていく。冬には5m近く積雪する山なので、夏と冬でリフトの高さを調節するのだそうだ。

 

f:id:mangokyoto:20180609131722j:plain

 

リフトで上がった展望台。ここから谷川岳まで登山すると2時間半ほどだという。

f:id:mangokyoto:20180609131937j:plain

山稜に続く登山道が双耳峰の谷川岳へと伸びる。美しい山だと思う。しかもこの規模の山に残り2時間半の距離までロープウェイとリフトで上がれてしまうなんて、半端な自分のような人間には有難い。子供が大きくなったら親子で登ってみたい。

 

f:id:mangokyoto:20180609132408j:plain

 

 

f:id:mangokyoto:20180609133932j:plain

下りのリフトも眺望が素晴らしい。向かいに朝日岳が見える。

f:id:mangokyoto:20180609135521j:plain

牧場牛乳のソフトクリームというわけではないけれども、子供達はそりゃ、大喜び。夏は草原となったゲレンデでベンチに座ってソフトクリームを舐める。

 

f:id:mangokyoto:20180609140806j:plain

バイバイ

 

 幼児二人連れでも心配なく登れる、絶景の谷川岳。ひんやりと爽やかで快適至極だった。

 

 

 

 

 

朝 ヨーグルト

昼 山菜饂飩

夜 牛すき焼き、豚しゃぶしゃぶ、腹一杯

 

仙人掌花、菖蒲、少し作陶

f:id:mangokyoto:20180603122112j:plain

仙人掌は地味な植物だと思われがちだけれども、こんなにも立派な大輪の花を咲かすのだよな。なかなかのビビットピンク。これほどの華やかな株は久々に拝見した。

古民家カフェ「モモガルテン」にて。

 

f:id:mangokyoto:20180603174004j:plain

陶芸工房の庭の菖蒲が咲いていた。相変わらず、ここの菖蒲の青は深くて見事。去年の一輪はやはり奇跡的に完璧だったけれども、これも同じ株だとわかる。

 

f:id:mangokyoto:20180603174045j:plain

爽やかな色合いの菖蒲が増えていた。白い筋が入って軽やか。

 

 

f:id:mangokyoto:20180603154144j:plain

襞の縁は土が露出し、谷間にマンガン窯変釉薬が溜まるようにしてみようか。さらに左から右にマンガン窯変釉からラスター釉薬混じりにグラデーションにしてみても面白いかも。

下手をしたらくどくなる。冒険ではある。

 

f:id:mangokyoto:20180603154125j:plain

肩から胴にかけては釉薬が垂れる感じにしてみたい。しかし上にだけ釉薬が掛かっているのではバランスが悪そうだ。

 

f:id:mangokyoto:20180603154216j:plain

胴の土の縮れはそのまま活かしたいのだよな。焼締か、薄く掛かった釉薬が焦げて飛ぶ程度にしたい。

 

f:id:mangokyoto:20180603174608j:plain

高さは15〜16cmの鉢が3つ、素焼き待ちとなった。

紫陽花繚乱

世の中の紫陽花品種は私の頭の中の紫陽花とはもう別な次元に入りつつある。巨大な鞠状の花塊のようなイメージでいたが、そんな紫陽花は原種のような扱いで昨今の園芸品種はもうブーケのよう。

f:id:mangokyoto:20180529075730j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075716j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075641j:plain

f:id:mangokyoto:20180529075625j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075839j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075918j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075757j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075806j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075601j:plain

 

f:id:mangokyoto:20180529075827j:plain

こんな花壇の一画があったら豪勢だな。

2018年もジューンベリーの収穫からジャム作り

f:id:mangokyoto:20180519202812j:plain

日本に帰ってくると、暦が進んでいることを実感する。もう春は感じられず夏の気配。紫陽花が咲いているぐらいだもの。青の輪が綺麗な額紫陽花のはずが紅い。土壌がアルカリ性に傾いてしまっているということか。何故だかわからない。植え合わせの植生の影響か。要調査。

f:id:mangokyoto:20180518080225j:plain

植えたことを忘れているぐらいのクレマチスが青い鐘形の花を咲かせてくれた。人気の大輪のクレマチスに比べれば随分と地味だけれども好きだ。

 

南高梅が例年、生理落下で殆どの実を落としていたが、今年は数粒だけれども枝につけて大きく実らせていた。ゆっくりと根を張り体力をつけている様子。

f:id:mangokyoto:20180519183312j:plain

f:id:mangokyoto:20180518080309j:plain

そしてジューンベリーが6月を待たずして熟しきっている。もう2日もすれば落ちるか腐るか。

f:id:mangokyoto:20180519143546j:plain

子供達と収穫することにした。まだ樹高が低く、子供達が手を伸ばせば届くし、手で簡単にもぐことができる。

 

f:id:mangokyoto:20180519143928j:plain

本当にわずかな量で、味見程度の量だ。一食分を賄えるわけでもない。

 

f:id:mangokyoto:20180519145232j:plain

これを果実の重量に対して30%程度の砂糖を加えて煮詰め、ジャムにする。

 

f:id:mangokyoto:20180519150006j:plain

15分ほど煮詰めて出来上がり。仕上げにレモン果汁を加え、冷ましてから冷蔵庫へ。

 

f:id:mangokyoto:20180519150241j:plain

 

まあ、気休めの栽培収穫ごっこで自然の恵みと呼べるような程度ですらない。それでも39階のタワーマンションで土とは無縁の生活をしていた頃を思うと、今の生活のほうが遥かに気に入っている。

 

都会の庭いじりは愛玩犬を飼うような癒しと慰めだ。例えエゴだとなじられようとも。


ジューンベリーは同じ枝に3年実をつけると収穫量が減るので根元から切り戻し、ひこばえを育てるなんてことが他のサイトに書いてあったりする。根元からバッサリ切ってしまってもいいのか。疑心暗鬼。こういうことを教えてくれる友人が欲しい。

f:id:mangokyoto:20180518080319j:plain

仕事逃避と癒しに一番なのは夜風のバルコニーに多肉と陶芸

最近、仕事スイッチを切るのに手間取る。マッサージでも、ジムでも切り替えきれなかったが半日作陶したらだいぶ気が晴れた。力を込めて土を捏ねるのが良いのかもしれない。ストレス解消に握り潰すゴムボールと似た効果があるのかもしれない。轆轤を回してヌメヌメと柔らかい泥を触り続けるのも純粋に気持ちが良い。

f:id:mangokyoto:20180422214319j:plain

多肉植物の「宇宙の木」が根が窮屈に成ってきたようだが、せっかく陶芸しているのに大きな鉢を買うのも無能な気がして自作することにした。京都に住んでいた時から育てているからもう7年近い株になる。そこらへんのスーパーかホームセンターで280円程度の苗を買ったのが始まりなので、随分と大きくなったものだ。こんな多肉植物の株一つをとってみても息子よりも前からいると思うと感慨深い。

http://hannarimango.hatenablog.com/entry/20110504/1304435906


f:id:mangokyoto:20180422155458j:plain

轆轤を挽いている間、土を挟んで親指で人差し指を、人差し指で親指をついぞ感じられなかったのは、やはり心が乱れて感覚を研げずにいたからだろう。こういう時にこそ薄く薄く挽けると気持ちが良いのだがな。

 

高さ25cm以上はあるが、縮むと案外小さくなる。大きな鉢は度胸がなくてどうしても私は小さくなりがち。手の跡を残しながら加飾したいがどうしたものか。撥水剤で厚掛けの蕎麦釉とラスター釉薬を抜いて模様を全面に描いてみようか。和柄の図案を探してみよう。

 

 

f:id:mangokyoto:20180422155444j:plain

こちらはもう一つの常盤忍を移植する為の鉢。もっと細長くしようと思ったのだが、手首を中に入れるとなるとこの太さが限界に近い。結局、寸法が似たような鉢をもう一つ、作ってしまったようだ。

 

f:id:mangokyoto:20180422215355j:plain

形に変化が欲しいが、高く高くすることはできても細く高くは難しいとは。一応、すでに作ったものよりも1.5倍ほどの高さはありそうだから完成させて様子を見るしかない。

 

f:id:mangokyoto:20180422110113j:plain

少しばかり掃除したバルコニー。

f:id:mangokyoto:20180422110156j:plain

四連の吊り鉢は良い感じ。ただ、半年もしたら麻紐は腐食して切れそうな気がする。針金を芯にした縄に交換すべきか。もう少し蛸壺のように筒長のものにして、最上段に水遣り用の漏斗も備えて、上から水を入れたら下の鉢へと伝い降りていく仕組みにしたい。そうしたら手入れがとても簡単な集合住宅化になる。

 

f:id:mangokyoto:20180422110308j:plain

蟲鉢ゾーンが賑わってきた。全体の絵として白が必要に思う。細長い白い鉢が林立する中に埋もれる感じにしたいのだが。

 

f:id:mangokyoto:20180422110228j:plain

ハオルチア「氷砂糖」が今年も元気に育っている。子株を主役にして親株を植え替えるべきだろうな。

f:id:mangokyoto:20180422110604j:plain

クラッスラ「若緑」がうねうねと育ち始めた。

 

f:id:mangokyoto:20180422215044j:plain

風が抜けていく。ひんやりとしているが寒くもない。蚊も飛んでいない。気温20度の夜21時。体を寄せてくるマンゴー殿がぬくい。紅茶を飲みながら、ぼんやりとあんな植木鉢を作りたい、こんな風に多肉植物を引き立てたい、と考えている時間が癒し。

 

f:id:mangokyoto:20180422220038j:plain

 作る植木鉢のサイズをもっともっとふた回りぐらい大きくしないといけない。「高砂の翁」「龍神木」「希望丸」は今年の秋までには植え替えないといけなさそうだ。「紅彩閣」「瑠璃殿」も植え替えて根張りを良くしないともう一回り大きくはならないかもしれない。

 

4月中旬の花壇。退職したおっさんはなぜ園芸や盆栽に嵌るのか。

f:id:mangokyoto:20180412074334j:plain

今年は春の気温上昇が早いように思う。もう既に藤が咲いている。

 

そこら辺の人に記憶を頼りに藤の絵を描いてもらったら、ほとんどの人が単一の紫で塗りつぶすのではないだろうか。紫の二色だけでなく、この中央の黄色を意識している人はどれだけいるのだろう。

 

f:id:mangokyoto:20180412074510j:plain

京都の大徳寺南禅寺銀閣寺、山科疏水から採取して実生で育てている紅葉。爪紅の要素あり。モミジは秋の紅葉よりも芽吹きや新緑が美しいとつくづく思う。

 

f:id:mangokyoto:20180412074535j:plain

獨逸菖蒲も咲くのは例年は5月ではないかね。

 

f:id:mangokyoto:20180412074602j:plain

桜空木も咲いた。桜・空木という空木の一種だけれども桜空・木と区切るとなんだかメルヘン。

 

f:id:mangokyoto:20180412074631j:plain

わからん。藪蘭の一種か。去年は咲いていなかったから誰かが新たに植えてくれたのか。

 

f:id:mangokyoto:20180412074658j:plain

小手毬も毬をいくつも咲かせ始めた。

 

f:id:mangokyoto:20180412074753j:plain

結実する気配を見せない、植えて2年目の藤稔。もう少し根を張り、力を蓄えないとダメなのか。

 

定年隠居後に園芸や庭弄りにのめり込むのは案外、男性が多いというのは分かる気がする。女性、特に主婦は自分が長い時間を過ごす空間を彩り愛でる為に、まだ若い頃から草花を置く。本質的には社交性がなく疲れたおっさんは癒される為に没頭するように思う。

 

理由を考えてみた。

  • 世話をするのにそれなりに時間を費やせる。
  • やりこむほどに広がる沼。
  • 突き詰めると生態学であり化学である。
  • 植物が自分を必要としてくれているように感じる。
  • 必要とされる対象として不快ではない(望まない相手から求められるのにウンザリ)
  • 責任を放棄しても枯死させても咎められない
  • 口答えしない。笑
  • 手間をかけるほど応えてくれる。
  • 望めば参加を受け入れてくれる品種の作出や作り込んだ鉢を品評し合う同人の大きな輪がある。
  • そこで認められると尊敬され賞賛される(裏表のない純粋な名誉と賞賛)
  • やり込まなくても、咲いたり実ったりすると報われる。つまり高い確率で報われる。
  • 工夫すればお金はかからない。実生、株分け、交換。肥料の自作。

 

 

植物は癒しだ。

 

 

隠居後に庭弄りにも陶芸にも犬の散歩にも飽きてしまっていたらどうしよう、と思うこともある。今からやらずに老後の楽しみにとっておいた方が良いのではないか。若いうちにしかできない趣味に時間を割いた方が総体として人生を楽しめるのではないか。その一方で、庭弄りも作陶も40年やっても飽きない底無しの世界だとも感じているけれども。