武闘派神鹿

奈良は東大寺の大仏、興福寺の国宝仏像群、若草山焼きなど見所は多いが、なんといっても一番楽しいのは鹿と遊ぶことだろう。


鹿との交流は観光客にとってはかなりのハンディキャップ戦を強いられる。相手は「天然記念物」と「神鹿」という肩書きを持ち、一般人が手を挙げることは許されない。しかし鹿は蹴るも良し、咬むも良し、体当たりされても観光客は文句を言うなという注意書きがされている。



鹿の多彩な技を英語、韓国語、中国語で学べるなんて素敵だ。


初日は浮舟堂周辺の鹿と遊んだ。鹿煎餅を手に取っているのを見るや、わらわらと集まってきて四方から迫られると相手が草食動物と雖も脅威を感じる。映画「バイオハザード」の主人公を疑似体験できる。視界に入りきらない数の鹿がゆっくりとした足取りで迫ってくる。後ずさったところで、背中にごつんと鹿の頭がぶつかり、完全に取り囲まれた時には声を上げてしまいそうになった。





冬の鹿は既に角を切られているのでさほど怖れる必要も無い。煎餅を届くか届かないかという頭上に翳して焦らすと、鹿は頭を左右に大きく振る奇妙な行動をとる。たまに膝や脛に大きく振った頭や首をぶつけてくるのだが、なぜこんな行動をとるのかしばらく不思議だった。しかし角が生えた場面を想像して腑に落ちた。攻撃されていたのだ。無い角で。




東大寺門前の鹿は人に慣れすぎていて、もう鹿と遊ぶような域ではなくなる。鹿煎餅を買う前から大きな鹿に目をつけられ、巧みな奴になると差し伸べた煎餅を掻い潜り、後方の煎餅の束にかぶりつく。兎に餌付けでもするようなノリで煎餅を買った観光客は服の裾を咬まれ、恐れをなして煎餅の束を地面に投げ出していた。煎餅屋とて例外ではない。鹿に襲われて煎餅の山を崩され大事な商品をたかられていた。


憎らしいが鹿は可愛い。美しい。それを知っているかのようにやりたい放題の鹿は一層、小憎たらしい。なんだかんだ、奈良で一番楽しいのは鹿遊び。