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寺田屋

天気も良いので伏見まで自転車で走る。取り敢えずは伏見で有名であろう酒蔵、寺田屋御香宮をぶらぶらと覗き歩いてみることにした。



さて、寺田屋、想像以上に安普請。当時は維新志士も人目を憚り活動していたのだから、寺田屋とて庶民的な宿だったかもしれないと解釈に努めたが違和感は強まるばかり。芸能人が訪れた際の写真を飾っていたりと随分と俗っぽい。襖紙もなんだか安っぽいし、坂本龍馬という歴史を動かした英雄の史跡の重みや雰囲気が全く無い。たかだか400円の入館料すら酷く損した気分になりながら早々に出た。




後でどうもすっきりとしなくて調べてみると、現在の寺田屋の建物は明治38年(1905年)に登記されており、特に湯殿がある部分は明治41年(1908年。お龍はその2年前に病没)に増築登記がなされているなどの点から、専門家の間では以前から再建説が強かったそうだ。京都市のその後の調査では、幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると公式に結論付けられているとのこと。現在の「寺田屋」は昭和30年代に「第14代寺田屋伊助」を自称する人物が営業を始めたものであり、「第14代寺田屋伊助」自身、寺田家とは全く関係はないそうである。嘘偽りが明らかになった今でも態度を変えずに金をとっているのは気持ちが良くない。



寺田屋を再現したと説明するならばまだ良いものを、これがお龍の入っていた湯船です、刀傷です、これが弾痕ですとそれらしくでっち上げて金を取っているのなら性質が悪い。現在の経営者は京都市や専門家の見解を否定しているようだが、芸能人との写真を誇らしげに掲げるあたりに虚栄心のようなものが現れていて、ある意味態度に一貫性がある。実感としては誰かが金儲けの種に作っただけのシロモノ。折角の伏見に異臭の立つ観光名所。





某インテリ芸能人が寺田屋の庭に絵馬をかけていた。その願い、申し訳ないが叶う気がしない。