紫禁城



Forbidden Cityと英語で呼ぶだけあって、ここは宮殿というよりは一つの街の規模を成している。とは云うものの統一された色調の建築群で瓦は全て青か緑か黄色。彩色も同様だし、壁の色も赤系で統一されている。宮殿毎に内装はそれぞれ趣向を凝らしているのだけれども統一感が住む者にとっては単調に映るかもしれない。




霞みがかった中に浮かぶ紫禁城。後方は霞の中にぼやけて見えない。そんな幽玄で広大なかつての皇宮。それが頭に思い描く紫禁城だった。しかしこの日は強い陽射しの下、人、人、人。何せ2010年には1283万人の入城者を数え、5億9000万元の収入を得たという。人のいない瞬間ななどないのだろう。



そんなわけであまりの人の多さに、感慨に浸るような風情はなかなか得られなかった。遺跡と呼ぶには中途半端にまだ新しすぎるのだろうか、アンコールワットやスコータイのようなその場にいて往時に想いを馳せるような空気がない。宮殿にしては途方もなく広いが、そこで生まれる皇帝の全世界とするには狭い。皇族ならまだしも召し上げられた侍女や後宮にとっては時に窮屈だっただろう。



紫禁城を訪れるには無知過ぎた。歴史小説なりを読んで数100年前にここで暮らした人達を知ってから来るべきだった。溥儀の生涯を振り返ってから来るべきだった。映画「ラストエンペラー」で幼い溥儀が蟋蟀を隠した宮殿はどこだったか。



五百年かけて積み上げられ、あれほどの栄華を誇った清朝の宮殿も朽ちるのに五十年もかからないのだと思うと無常。豪華な刺繍は朽ち、庭園は草で覆われ、壁の装飾は剥落する。形を残すことに幸せを見出すのはそれはそれで報われないもののようにも思う。それを踏まえて自分はどんな一生を過ごしたらいいのか、どうしたら限られた時間を悔いなく充実させられるかと考えるとますますわからなくなる。