宗教信仰と個人崇拝

紫禁城を背に天安門に巨大な肖像画を掲げた毛沢東。信仰の対象が無謬性を持った概念的な神ではなく生身の人間である分、性質が悪い。


建前上、社会主義国家である中国は宗教を否定している。しかし実利があれば建前など気にしないのも中国。チベット密教ではダライラマとパンチェンラマは既に悟りを開き解脱しているにも拘らず衆生を救うために輪廻転生の苦行に身を置くとされている。そしてダライラマが亡くなった際にはパンチェンラマが、パンチェンラマが亡くなった際にはダライラマが転生者を探し出して育て、チベット仏教の伝統は両輪のように紡がれていく。1989年にパンチェンラマ十世が亡くなった際、ダライラマチベット生まれの6歳の男の子ゲンドゥンチェーキニマを転生したパンチェンラマだと宣言した。しかしその子は数週間後に中国政府に拉致されて消えた。世界最年少の政治犯などと言われる。そして宗教を否定しているはずの中国政府が代わりに両親が共産党員である子供を転生したパンチェンラマとして擁立している。目的は何か。やがて共産党の影響下にあるパンチェンラマに当代ダライラマが亡くなった後に共産党に都合のよい子供を転生したダライラマだと認定させて育てればチベット密教の理屈においてもチベットの併合が完成するからだとされる。


チベットを中国語で指す西蔵は古くから憧れの地であり、明朝、清朝を通じて皇族はチベット密教に帰依してきた。そんな聖域を支配するということ以外にもチベットは東アジアの無数の大河が源流を持つ水源地でもある。大陸で水を制すことの政治的経済的意味は計り知れない。だからチベット支配は絶えず「核心的利益」と言われ続けてきた。現在、チベットに水源を持つメコン川水量が減り流域諸国が困っているが世界的な天候不順を理由に中国工業農業用取水をむしろ増やしている。周辺農業国の喉元を抑えたわけだ。なるほど。いろいろと辻褄が合う。