大好物チーズの製造背景を知る

発見と創意工夫の歴史にはいつも驚かされる。


今にしてみればチーズは当たり前の食品だが、作り方は知らなかった。子牛の第四胃あるいはギアラと呼ばれる臓腑に授乳期だけ分泌されるレンネットという酵素がある。昔はどういう経緯か知らぬがこの酵素に含まれるキモシンの働きによって乳を凝固させられることがわかり、チーズ作りに使うようになったのだそうだ。しかもこの酵素、子牛の反芻する際の唾液からはとれないらしく屠殺して胃を開いて消化液から抽出しなければならない。さらに、草を食みだすと急激に減少するので離乳前の子牛でなければならない。


二十世紀にケカビ菌に同様の働きがあることがわかるまではレンネットを得る為に膨大な子牛の体を裂いていたそうな。今でもそれは依然行われている。マスカルポーネカッテージチーズなどの一部を除き大体のチーズにはレンネットが使われており、諸外国では大抵、レンネットを使用していない場合には特別に「suitable for vegitarian」「vegetable enzyme」などと明記されている。日本では「生乳、食塩」と表記されるだけで酵素は原材料表記の必要がないが雪印などの殆どのチーズには凝固のためにレンネットが使われているとのこと。好物のカマンベールやブルーチーズは黴醗酵なので大丈夫かと思ったが、やはり凝固させるためにはレンネットを使うそうだ。そんな歴史を知れば業の深さに暗くなるが、我らは今までそのような蓄積の成果を無頓着に享受していたわけだ。


菜食主義者がチーズなどの乳製品を取ってはならないのが今まで理解できなかった。母乳同様出てくるものを利用するだけなら殺生にはならないし良いではないかと。しかし子牛を殺してしか得られないレンネットを使ってチーズが作られる以上、ベジタリアンにとっては許容できないことに納得がいった。ベジタリアンにしてみれば、こんなことを今更驚いているなんて無知で無恥極まりないのかもしれないが、これは世間の一般常識なのだろうか。


だからといってチーズを断つことはないと思うが、自分の口にしているものがどうやってできているのかを知るのは意味があるように思う。好物の青カビチーズを舐めてうっとりしながらそんなことを思った。