ご冥福

両親兄弟の次に親しい伯父が亡くなった。


6年前に悪性リンパ腫が見つかり、その強靭な体力で闘病生活を続けていた。元から頑丈な人だったから海外旅行に行ったりカヤックに興じたりと精力的に過ごして医者を慌てさせた。しかし昨年末に放射線療法を受けて以降、感染症を併発して一気に体力を失い、死が近づいてしまった。


薬も医者も大の嫌いで健康自慢だった。酒もよく飲んだ。周辺の細胞ごと放射線で破壊する療法なんて拒絶しそうな人だった。放射線治療を受けなければ癌とつきあいながらもあと数年生きられた可能性はある。息子に「よく放射線療法なんてあの伯父さんが受け入れたね」と聞いたら「治したかったんだと思う」と言われはっとした。


甥である自分は早々に伯父の生を心のどこかで諦めていたのだが、伯父本人は生きることを最後まで諦めていなかったことに気づかされ、短慮な言動を恥じた。長男が昨年結婚し、孫の顔も見たかったはずだ。次男のことも気にかかっていたに違いない。だからこそリスクを取って放射線治療に賭けたのだろう。


大勢が遠路はるばる集まり、派手に泣いた。あちらこちらで感情的な嗚咽が聞こえた。その一部は自分だった。食事の際には直接知らんもの同士が故人の笑い話で盛り上がった。仕事の付き合いで顔を出したような人達ではなく、心ある人達の集まりだった。葬式にはその人がいかに慕われ親しまれたかが如実に出るものらしい。地位や権力を振りかざして得られるものではない。それをその人の一生の価値の現れだとしてもいいのではないだろうか。


お疲れ様でした。心安らかに休んでください。
今までお世話になりました。
阿呆な私達をどうか見守っていてください。