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重森三玲庭園美術館

内装 美術館 博物館 もてなし


重森三玲は勉強が全くといっていいほどからきし駄目だったらしい。画業を志すも帝都の芸術学校には絵の上手い奴は腐るほどいて、画業でも挫折した。


日本の美を探求することに舵を切り変え、活け花を学び、当時記録などなかった全国の寺社仏閣の庭園を記録してまわり書籍にまとめるなどの金にならない下積みに励んだ。それが作庭家として後に花開いていく。


掛けてあった「林泉」と「根」の書や絵を見る限り上手いようには思えないのだが、庭に関しては天才的な独自のスタイルを確立した。勉強も絵も駄目だが三倍の努力をすればなんとかなると言っていたらしい。努力が足らん奴など話にならんな。反省。


海外には一度も言ったことはないが西洋哲学者に傾倒し、長男に完途(カント)、次男に弘淹(コーエン)、長女に由郷(ユーゴー)、三男には埶氐(ゲーテ)、四男には貝崙(バイロン)と名付けている。長男の英語表記が気になるところだ。なかなか困る名前をつけてしまうのは今に限った話ではないようだ。ちなみに今日、話をして頂いたのはユーゴーさんの旦那さんだった。


ちなみに森鴎外は茉莉(マリ)、杏奴(アンヌ)、於菟(オットー)、不律(フリッツ)と名付けている。やりますな、文豪。いまどきの心愛(ココア)とかそういう名前をあながち批難できないかもしれん。

四国から運び入れた「青石」と言われる石らしい。なるほど、青味と層が個性的で魅力的。



イサムノグチが贈った和紙の照明。多方面への幅広い交友関係があったそうな。




重森三玲の綺麗寂びのような趣味は好みだ。この襖は顔料を塗った紙を張り付けているらしい。家に襖があればなんだか真似てみたい。真似られそうなシンプルなデザインなのも素晴らしい。