黄金週間に金閣寺の金を嗅ぐ


修学旅行以来、金閣寺を見てないと嫁さんが言うので息子を連れて見に行く。一応平日だったので黄金週間中とはいえ、駐車場は停められたし、そこまでではない混雑。さすが清水寺金閣寺というぐらいの京都を代表する観光名所、外国人観光客の数は多かった。


感心したのは金閣寺そのものよりも開き直ったかのような商いぶり。



鐘、一撞き200円。観光客が撞く度にチャリーンチャリーンと鳴っている幻聴が聞こえる。「梵鐘を撞いて心を清め幸せになりましょう」と書いている。正気か。カルトの文言と変わらんな。コンビニだって200円で幸せは売らない、究極の手軽さ。


写経に至っては一文字100円。般若心経を完成させるのに26,600円かかる。紙に墨で書くだけなのだけれども。




なぜ茶室に賽銭箱。想像が自由すぎ。


御守り売場にはキティー御守りだけでなく、金閣寺限定ONE PIECEストラップも。金閣寺以外では売っていないことを強調している。なかなか時勢に乗ってますな。


気付けば御神籤も中国語、ハングル、英語を取り揃える抜かりなさ。


特別拝観は1000円也。これまたなかなかの特別料金。


三脚も一脚も不可。二脚は可能かもしれない。しかし、二脚を持ってくる客は嫌らしい客だな。これは、とんちで有名な一休さんの思考に近い。あれは「へりくつ童子」とでも改題したほうがよい。


歴史に興味などない殆どの修学旅行生の為にもうけられた遊び。柵の外から椀の中に小銭を入れるという単純だけれども虜にする遊び。運が良ければ石の仏様に跳ね返って椀に入る。


ここは禅寺。俗物的な欲だのなんだのを露悪なまでに凝縮して表現しているのだと思う。何かを気付かせる為に。そういうことにしておく。まあ、外国人はこれをみて、他の多くの国でそうであるように日本でも既に宗教は俗にまみれて死んでいると思うのだろう。


こんなもんに金払うなんて馬鹿だなあ、と内心思っている寺側。
こんなんで幸せになるかよ、と馬鹿にしている客側。