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風たちぬ

映画

ジブリの風たちぬを観たがなんとも消化不良。


実際の堀越二郎氏の細君は結核ではなく天寿を全うしているし、堀越氏のように東京帝国大学航空科を首席で卒業し、卒業前から三菱内燃機に内定しているような当時にしてみたら国家的人材が自由恋愛し、さらには平気で仕事と恋愛を天秤にかけるようなロマンチストだったとは信じ難い。そこらの設定は小説家堀辰雄の風たちぬという小説から拝借した設定らしい。


時代の空気やリアリティを伝えたかったと宮崎駿氏は語るが、盛られて過剰演出された悲劇と恋愛のように思えてしまう。


航空機が時代の呪われた夢であったこと、航空性能の為に防御力を犠牲にしたことで機銃に殺されるパイロットも多かったこと、ゼロとは闘うなと怖れられた初期とは裏腹に性能進歩に遅れたゼロ戦は大戦中全期に渡るf4fワイルドキャットとのキルレシオは1:5.9、つまり6機やられて漸く敵機f4fを1機倒せるような惨状であり、更に性能に優れたf6fヘルキャットに対しては一方的劣位にあったこと。そんな夢と兵器利用の狭間の設計者の苦悩や葛藤を描いても良かったのではないか。


実在の人物の物語を架空の恋愛悲劇で盛り上げてしまっているように感じてしまった。あの時代に生きた人は皆、少なからず悲劇を抱えていたのだから実在の人物を使うならば史実だけであの時代を描ききってほしかった。




劇中の二つの台詞は惰性的な生活を無為に送っている自分にはチクリとくる。
「男は仕事してこそのもの」
「私達は今、一日一日を大切に生きているんです」




夜、広島爆心地の産婆への綾瀬はるかさんのインタビューが放映されていた。原爆投下直後の爆心地から2kmの産科医院でも小さな命は生まれていたそうだ。瀕死の妊婦が産気付いて駆け込んできたので、産婆さん御自身のケロイドで焼けただれた両手で赤子を取り上げたこと。気付くと妊婦は口から泡を吹いて絶命していたこと。息絶えた妊婦は産婆の女学校の級友だったこと。赤子も一ヶ月後には亡くなったこと。それ以上何ができたわけでもないのだろうが、直面した事実にその後の人生で苦しみ続けたこと。15分程度に編集された断片的な事実だったが深く心をえぐる内容だった。