美しく老いることの難しさ 大観荘

会社の主催で熱海の大観荘という旅館に泊まった。1か月前に宿探しをして子供が春休みの最中で混雑しがちなこの時期に30人分の予約が可能だったというのだから、現時点での立ち位置を推し量ることができる。


24年ほど前にはオランダのベアトリクス女王と皇太子もご宿泊され、当時のお手植えの庭木が育っている。つまり迎賓に使われる格のある宿だったわけだ。少なくとも一時点では。



本館の外観は大正、昭和から残る宰相の別邸のような豪勢な作りで写真映えがする。渡り廊下から左右に見える庭は和様式に手入れが行き届いて素晴らしい。



しかし25年以内に増築が重ねられたであろう新館や宴会場はバブル期の名残をあちらこちらに感じさせる。案内された部屋は熱海の海を一望でき、個室風呂にも温泉を出せ、便所は小便器に和式と洋式それぞれの大便器といった風に書き出すと立派な仕様となる。


しかしどうにも数十年前に増築された箇所は風情に欠けるのだよな。修繕の追いついていない個所ばかりが目立つ。アルミサッシの変色、鉄製手摺の錆、絨毯のほつれ、宴会場の畳の縁の目立つ染み、居室浴槽のタイルの黄ばみと割れ、大浴場の柱の腐れ。


アルミやなんかの新素材が古びて貧相に見えるのは想像通り。しかし木造部も古びたら風情が出るのかと言うとそう簡単ではなく、質の高い造作は年月に耐え古色が出る可能性を秘めるが、安普請は見苦しくなるだけだ。しかし質の高い造作であるだけでは駄目で、手入れしながら大事に長い年月使ってこそ美しい古色が出るということではないだろうか。


最も感嘆した点は「清滝の湯」という浴場。内湯の外には露天風呂があるのだが、全面に石積みされた壁があり上部から全面を滝が流れている。その石積みが総じて青々と苔生していてその緑がなんとも鮮やかで美しい。ここが何十年もの歳月を経た価値を最大限に生み出していると感じられた点。


廊下の入り口には白鷺が描かれた見事な板戸がさりげなく嵌められていた。もっと目立たせても良いように思う。同じ廊下の更に奥に球状のガラスの中の液体を青いLEDで照らすバラエティー雑貨屋で売られているような照明が置かれていたりする。上等なものととってつけたもののチグハグ感が著しい。風呂場には旅館オリジナルの石鹸だのシャンプーだのが売店で買える旨の宣伝文句が置かれている。これらに至ってはコンセプトや保つべき格調からの逸脱が激しい。「零落」という言葉ばかりが頭に浮かぶ。もっと早い段階で修繕や刷新することもなく今に至るからにはよほどの経営の混乱や失敗があったのか、バブル期の無茶な投資と計画が痕を引いたのか。