高円寺は知れば知るほどに奥が深い。足を伸ばせる範囲にどれだけ多様かつ個性溢れる店が密度高く集まっているかが街の魅力だと思う。その点、高円寺は私の興味関心に応えてくれる。
高円寺が素晴らしいのは私のような興味関心とは異なる志向の人達も十分満足させられるほどに懐が深いということ。無数の古着屋があり、古着好きの人達にとっての聖地でもある。無数のライブハウスや音楽機器の店がありバンドマンやバンド好きを引きつける。家賃の安い下宿宿が多いので駆け出しの芸人や知名度が出た後も住み続ける芸人も多い。様々な街の顔があり、異なる人達が惹きつけられている。その一方でタワーマンションに住むような世間一般にお洒落で華やかな人、ステータス志向の人種とは無縁。
そんなわけで高円寺北にある古本酒場コクテイル。
築120年ほどの古民家を改装して5年前から営業しており、まだ居酒屋としての歴史は短いはずなのだが、それを全く感じないほどの世界観の作り込み。父の代から受け継いでやってます、と言わんばかりの根のおろし方。何が改装されたのかもわからない使い馴染み感がある。
軒先にも店内にも古書が溢れており、買うこともできるらしい。文藝書が溢れている。
使われている器は高価な陶器ではなく、庶民が日頃から愛用して使い古したような印判手の陶器や酒器などが多い。
日本酒を頼んだがお銚子に並々と注がれた純米酒が500円前後。そこらの流行りの日本酒バーが半合ほどでそれ以上の値段をつけていることと比較すると安い。デンキブランなんていう懐古趣味の酒もある。
食べ物は「文士料理」というコンセプトらしい。作家が愛した酒のつまみということか。
檀一雄著『檀流クッキング』のレシピをもとにした、おからと魚のすり身で作る大正コロッケは250円なり。紅生姜が入った飾らない一品。注文後におくどさんのような一画で揚げてくれる。球体のようなコロッケは中はホクホクとし、濃いソースと辛味の強い辛子を使い分けて楽しめる。芳醇な本醸造酒や純米酒など安酒に合う。
武田百合子著『富士日記』に登場する「茄子にんにく炒め」に、向田邦子の「鶏のレモンソテー」。気ままに出てきたり引っ込んだりのメニューも通いたくなる。
店主夫婦の狩野さんは文士料理入門という本まで出版されている。
時代考証の行き届いた大正昭和初期の映画のようだ。どんな人をターゲットに据えた店なのか、軸にブレが無い。客が知覚できる遥か先まで店主のこだわりが作り込まれている気がする。
一時期流行った昭和レトロ酒場のような内装のジャンルに過ぎない表面的な古めかしさではなく、又吉のような人や屈折した文藝青年を本気で揺籃せんとする値段設定と居心地の店だ。
日本の伝統文化に興味のある外国からの友人を是非とも連れて行きたい店だ。
営業時間 18:00〜24:00(L.O.23:30)
定休日 火曜日、第2・第4月曜日
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