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中年クライシス 文豪が描く小説内の中年危機

 

日本のユング研究の第一人者である心理学者 河合隼雄氏が、自らも心を動かされた小説の中に描かれる様々な中年危機を紹介する名著。けして上から目線ではなく、同じく悩んだ者として、あるいはそのような悩みを持つ患者や相談者を如何に救えるかを悩む者として、あれこれと検討している点で好感が持てる。
 
作中に中年クライシスが描かれる題材は夏目漱石の「門」「道草」、谷崎潤一郎の「蘆刈」、山田太一の「異人たちとの夏」のほかにも大江健三郎円地文子中村真一郎などなど。

本書の半分ぐらいしか理解できなかった。単に教養が足らないというだけでなく、共感できる経験がまだ足らないことが原因と思われる。

以下、引用や雑感を備忘録として五月雨式に書き留める。

「中年の危機は思いがけないときにやってくる。」

「問題は原因結果などと、論理的、継時的な筋道によっては把握できないところに、その本質があることなのだ。」

「冬の中に春を見たり、春の中に冬をみたりすることも可能になってくる。人生の冬のなかに生きつつ、そこに春夏秋冬を見ることができるので、老いが豊かになってくるのである。」

「自立はしたが、天命を知らない。俺は惑ってなどいないのだ、と見栄を張らざるを得ないのが四十。」不惑といえども、天命を知らずして不惑は成るのか。孔子ですら天命を知るのは五十。三十で自立してから二十年も天命を知らずに彷徨うのが人生とも言える。

「感情を爆発させてしまったら、中年の分別が壊れて、あとで強い自己嫌悪に陥るだろう。中略。感情を適切に表現することは現代の中年者に課せられた実に難しい課題である。」

「両親の保護を受けず、経済的に独立し、結婚して子どもを育てる。これは三十歳の自立である。このような一応の自立のあとで、人間はそれほど自立しているものではないことを、中年になると自覚してくる。そして、先に述べたような深い孤独の体験とともに、いろいろな「関係」の見直しを迫られる。」

「社会的地位や自分の能力や財産や。一般的普遍的尺度はわかりやすいし、他人に対して説得力を持ち、他と比較することが容易なので、多くの人がそれに頼ることになる。しかしそれだけで十分だろうか。「年収」がどれだけ多くとも、「年収」を大きい支えとしている人は、他の非常に多くの人々と同じ人生を歩んでいるわけで、特に「私」というものの独自性を示すことにならないのではなかろうか。それに対して、ある場所である時に、自分のみが「ウン、これが私だ」と感じたことは、他との比較を超え、一般的尺度に還元しがたいものとしての独自性をもつと言える。」

分別とは他と分けること、別れること。他から分かれること、別れること。エロスあるいは性愛の本質は合一性であり一体化である点で相反する要素。中年が自らの性と向き合い間違えると酷い過ちになりがち。分別のある人ほど、人間の根源的な要素である中年の性の問題を意識下に抑圧してこじらせる。

最後の点は向き合うことに苦手意識のある領域だな。ああ、だから危ないのか。