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小中学生時代 思春期のスクールカースト、他を見下して自らを守る狭量

思索

 村田沙耶香著作品を読んで思い出したことをいくつか記しておく。

 
私は関東だけれども都会ではない、畑もたくさん残る半端な郊外で育った。
 
オーストラリアで小学校時代の半分を過ごし、6年生でまた元の小学校に戻った。海外に縁のない地元の小学校にコアラとカンガルーの国から転校生が来たのだから、ちょっとしたニュースだった。休み時間のたびに、好奇心旺盛な女子に机を囲まれてオーストラリアのことを聞かれるようになった。大抵、こういう文化的なことは女子のほうが関心が高い。私も取り敢えず迎え入れてくれて声をかけてくれる人に囲まれて嬉しかった。決まりごとのように「何か、英語で喋ってみて」と言われるのには辟易したけれど。
 
暫くすると、私は休み時間は男子のやるサッカーや泥警遊びに行きたくなった。時折は誘われて参加していたが、休み時間は机の周りで女子と話しすることのほうが割合として多かった。
 
その頃の男女というのは壁がある。女子と話をするだけで「なにおまえ、女子としゃべってんだよ」と冷やかされる。そんな中で休み時間に女子と話をして過ごす自分は秩序を乱す異分子だった。
 
ある日、おれも毎日サッカーとかやろうかな、と男のクラスメートに言った。返事は「だったらまず女子と絶縁してこなきゃダメだ」と言われた。私はサッカーがしたかった。翌日、休み時間になると真っ先にボールを持って校庭に駆け出す男子と共に駆け下りた。校庭の真ん中で振り向くと、教室からいつも話しかけてくれる女子が「今日はサッカーするのー?」と叫んでいた。
 
サッカーをしに校庭に出ていた男子の視線が急に自分に集まっているのを感じた。意を決して「うるせークソババア。サッカーすんだよー」と校庭から教室のベランダにいる女子に叫び返した。小学生の女子にクソババアってのもどうかと思う。彼女らからしたら、突然の裏切りと豹変。嫌な思いをさせた。
 
踏み絵を踏み、ようやく男子の輪に溶け込めた。もし、あのまま女子と話しをして休み時間を過ごす日々を続けていたら、男子からの虐めや無視が始まったのかもしれなかった。その当時の自分はそれを察して一方との関係を切らなければいけないと思ったのかもしれない。
 
その頃から派閥は明確で、自分の旗色を示すことが求められていたわけだ。
 
 
中学生の頃はどうだっただろう。SNSのある今の中学生は昔と比べられないほど世知辛いかもしれない。自分の知らないところでLINEのグループが作られ、悪口の履歴は残り、瞬時に拡散する。昔は便所に悪口を書かれてもそこに行かなければ目につかないし伝播力は弱かった。
  
「おまえが私のことを一番見下しているんだろう。」似たような敵意を向けられたことがある。
 
私はいじめっ子ではなかった。いじめっ子グループは存在していたが彼らとはつるまなかった。
 
その当時はスクールカーストなんて言葉は存在していなかったが、中学生男子のスクールカースト階層を考えてみる。
 
最上位は不良グループすら遠慮する体格が良くスポーツのできる男子。バスケ部、サッカー部、野球部、バレー部のエース級でかつ大柄な男子。
 
二番目にはその他の運動部の連中と、部活を辞めた不良グループが多少重なり合う状態でいた。
 
三番手が面白い奴や、何か個性があって一目を置かれている奴だったように思う。
 
四番手は文科系の部活であったり、目立たない男子。
 
そして最下層がなんらかの理由で虐められ、中には時折登校拒否する男子。
 
最上位グループはいじめなどしない。部活の大会など自分の輝ける活躍の場を知っていたし、関心はそれに向かっていて他など構っていない。虐めをするのはだいたい、二番手グループだったように思う。やけにつるみたがり、部活で能力が高いわけでもなく、もしかしたらイジメられない為に誰かイジメる相手を探しているような奴らだったのかもしれない。腰巾着やご機嫌とりのような奴らも多かった。二番手グループの下層が常に自分より下の存在を明らかにすることで自己保身に心を砕いていたってことか。
 
三番手、四番手はマイペースであったり好きなことを気ままにやっている奴が多かった気がする。運動部なんてしんどくて勘弁、と文化部や帰宅部を選ぶような奴はそれなりにマイペースなわけだ。絵が凄い上手だとか、何かの大会で入賞しているだとか、そういう奴も含まれる。
 
自分は三番手の気ままにやるグループだったように思う。体格は平均より小さく、花形運動部ではないし、群れをなすのは好きじゃなかった。自分の意見が反映されない大きな群れで後からついていくのは嫌いだった。幸いにして、100mは13秒フラット、好調なら12秒台ぐらいの速さで走れたし背筋力は1学年260人程度の中でなぜか学年上位10位内とモヤシっこではなかった。そして田舎の公立校ということもあったが、掲示板で張り出される5科目の成績は学年でいつも3番以内だった。都心の学校ではこうも行かなかったと思う。
 
何度か、不満だらけの二番手グループにイジメの標的にされそうになった。一時期複数人から集中的に不愉快なことをされたが、「秀才」、「英語が喋れる」、「運動もそこそこ」、「一番手グループとも仲良しがいる」などの属性のおかげで私が抵抗した際に、一部の冴えない不満の塊のような二番手グループの奴以外に乗ってくる奴があまりおらず、「満場一致でイジメられて当然の奴」には落とせなかったのかもしれない。
 
イジメられているグループにはSという男子がいた。体格は大きいのだが、少しオドオドしており、運動も学業も目立ったことなく、直球に言えばブサイクで女子からは人気がなかった。むしろ女子から気持ち悪がられているというのが男子からイジメられる主要素だったかもしれない。そんな彼は変なあだ名をつけられていた。覚えていないが、そう呼ぶことが既にイジメとも取れるようなものだったと思う。
 
ある日、妙にそのSが私に絡んでくることがあった。よく内容は覚えていない。私はSと仲良しではないし、Sへのイジメに加担したことはないし、イジメを止めることもなかった。無関係な相手だった。しかし、妙に絡んでくるSが鬱陶しくて、「なんなん。うぜえな、構うなよ(Sのあだ名)」と邪険にした。ただでさえ無目的に群れるのが好きではないのに、一緒に何かをしたい相手でもなかった。
 
Sは激昂して胸倉を掴んできた。そんなSの反応は全く想定外だった。そんな怒りを顕にするSを見たこともない。目にはこちらがたじろぐほどの怒りが宿っていた。
 
たぶん、Sにしたら私にイジメられることを受け入れたことはないし、Sより小柄な私に嫌なあだ名で呼ばれる筋合いはないと思ったのかもしれない。別に私が一番彼を見下していたとは思わないが、Sにしてみたらイジメとは無関係なはずの私がイジメっこが使うのと同じあだ名で呼んだことに一番の屈辱を覚えたのかもしれない。Sの手を振り払ってそれで終わりだったが、あれほどの怒りを誰かからぶつけられたことは最初で最後だった。
 
小説の作中で信子が主人公に対して見せる怒りにSとのことを思い出した。そういえば、朝井リョウの「何者」でも他を俯瞰して見下すことで自分を守る主人公が描かれていたっけ。
 
息子には熱中できる趣味特技や居場所を見つけて欲しい。イジメが渦巻く中学生活でイジメから逃れる術でもあるから。他を見下して自分を持ち上げても不安は消えることはないから。