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マンゴーや

 

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主役じゃなかったのかね。新婚時代、子供がいない時代は王子さま扱いだったのに。旅先は犬を連れて行けるかどうかが最大の基準だったのに。ブログのタイトルにまでしたくせに。つぶらな瞳は何を訴えるのか。

 

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嫁さんが子供と寝るようになってから、我が物顔で主人の寝てる隙にベッドに上がる。同衾を許した覚えはない。でも、まあ追い出すのも面倒になりつつある。

 

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しかし、申し訳ないという気持ちもあるのだよ。京都にいた頃は人のいない山だらけで、犬君も20km近い道程を腰高の岩を登り、沢を渡り、藪を掻き分けて歩いた。溌剌として楽しそうだった。東京に来たらそんなところにはめっきり連れて行く機会は減った。次男の、そして長男の後回しだ。さらには陶芸の後回しでもある。

 

朝夕の散歩はあるにしろ、家の中で1、2階を好きに移動しているにしろ、ほぼ毎日を家の中で過ごしている。体力の低下も心配だ。最盛期は日本で最も体力のあるトイプードルの部類ではないかと思っていたぐらいなのに。

 

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毎日、家で過ごして退屈してるのだろうか。そもそも室内犬の幸せは何なのか。朝晩にわずかに家族と触れ合う時間があって食事と快適な寝床があれば満足できるのだろうか。


自分自身を一つ上の次元から俯瞰すると、毎日のように鮨詰めの満員電車を2回も乗り換え、往復2時間以上をかけて働きに出て、そんなことを十数年も続けている。勤務先でしていることの内容は変わってるようでもあり、結局は大差ない気もする。パソコンの前に座っているか、人と話しているかのどちらかを延々と繰り返している。この男の人生は楽しいのか、と同様に思うかもしれない。

 

犬には犬なりの視点と日々の変化と楽しみがあるのだろうか。あながち、飼主を恨んでいるとも思えないし、好きなだけ日向ぼっこしている姿も気持ちよさそうではある。どうなのだろうね。

 

飼主として、今よりももう少しだけ喜びを増やしてあげることはできる。重い腰を上げて、中央線に乗って、奥多摩の山の奥に連れて行けば良いだけだ。もう少し息子が大きくなって、息子が散歩したり一緒に遊べるようになってくれたらと思う。いや、4歳児なら早くはない。息子と犬の共通の遊びを考えてみよう。不満を言えないことに飼主としても甘えているのかもしれない。

 

マンゴー 7歳4ヶ月。