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河合隼雄著「働き盛りの心理学」

昭和55年の統計データなんかを元に論じられている河合隼夫氏の少しというか、かなり古い本。古い本にも拘らず目新しさが殆どないということに、新鮮な驚きがあった。
  
親が子供に物質的に貧しい時代の幸せの在り方を示せても、物資的に豊かな時代の幸せの在り方を示せていないという指摘。なんだ、30~40年の間、進歩してないのではないか。
 
立派な机を買い与えたのだから、頻繁に週末に家族旅行に連れて行ったのだから、子供は幸せだろう、という親の思い込み。子供が求めていたものとの乖離が非行や登校拒否で表面化し、そこで改めて子供と向き合い、夫婦や家族を見つめ直すきっかけになる。ここらへんの話も買い与えるものをPCでもスマホでも習い事でも有名私立学校の学費でもそれらしいものに互換してもそのまま文脈は成り立つ。親の肩書きが立派なら子供は尊敬するだろうという勝手な期待と思い込みだとか。
 
会社の飲み会や就労時間外の集まりに出たくない若者が「会社の命令ならば超過勤務として扱ってほしい。命令でなければプライベートの用事を優先したい。」と主張し、困惑する上司の話など象徴的だ。30~40年前の若者はいまの50~60代ということになる。「ブラック企業」だの「さとり世代の仕事への価値観」だの、さも新しい事象のように言われることのかなりの部分が相当昔から変わらないことがわかる。熟年離婚とて団塊世代の一斉定年をまたずしても40年も昔からの既に手垢のついた話題だったし、その本質的な問題は未解決のまま、私たちの世代はこれから直面していくのだろう。
 
 
年功序列や終身雇用がここまで崩壊した現状ならでは」だとか「米国と中国が台頭する新しい時代だから」だとか「現実的に日本の人口減が始まった近代化以降初めて直面する事態だから」だとかそれらしく、さも過去の連続線上にない新局面のように装っても本質は変わらないことは多い。それこそ出世競争に敗れてやさぐれた鴨長明が「徒然草」を綴ったころからサラリーマンの愚痴は代わり映えがしない。特別感と新規性のある多くのものは陳腐で普遍かもしれない。その一方で腰を据えて向き合わないといけない本質的な問題とは前世代で誰かが解決したとしても後世に繰り越され引き継がれるものではないらしい。気に病む多くのことが些末だし、過去に繰り返されたことでしかない。答えは 昔から散在しているし、いつの時代でも容易にはみつからない。そういうことかね。
 
楽観的に考えれば、自分がいくら年老いても応用次第でいつまでも新しい世代や新しい時代に対応可能だということでもある。それらしい「時事的」な虚飾を取り除いて問題の本質を眺めれば過去から学べることも多いというこれまた使い古された考え方の有効性を実感したという話。

働きざかりの心理学 (新潮文庫)

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