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静かに古びていく祖父母の集落がなんとも寂しく懐かしい

 

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息子を連れ立って父子で親族の法事に参列した。新幹線や特急を乗り継いで片道5時間。もはや、韓国より時間的に遠い。

 
前回来たのは10年前。祖父母の家のある集落周辺は田圃を潰すようにして立派な道路が増えていた。減反調整されるくらいなら田圃を減らしても構わない。公共事業が欠かせない雇用を支えている。そんな事情だろうか。30年前、そうやって祖父の自慢のさくらんぼ畑が消えた。
 
特急列車は半分ほどが手前の大きな街で終点折り返しとなってしまったようで、さらに先に行く便数が相当に減った。目的地の駅に行くまでは1日のうちの数本の便に狙い澄まして乗るか、大きな街から車で走ることになる。
 
技術は進歩して、田舎の不便さはむしろ増しているのか。
 
 人口はこの半世紀で増え続けていたにも関わらず、地方の人口は減少していた。日本全体として人口が減り始める段となったが、田舎に人口が増える兆しはない。むしろ過疎は進むのか。
 
地方はスカスカなままで、東京では路線によってはますます酷くなる満員電車に苦しむ。この大きな歪みを解決できないのだから科学技術も行政の英知もまだたかが知れてるのかもな。
 
この農村に住む親戚の中学三年生の女の子はスマホを持たせてもらっている。母がかつて、人間関係の濃さと狭さに辟易して必ずや東京に出て行こうと心に誓った農村の集落だ。どこの家の誰がどうしたなんて話は相互に筒抜だ。しかし、その女の子曰く、同世代間で電話を直接かけて話すのは女の子同士でも緊張するものらしい。男の子に対して電話を直接かけるなんてよほどの大事だと。今の子は小さな集落の同級生同士でもLINEを使う。「君の名は。」で描かれる田舎となんも変わらん、うちんとこにもカフェはない、と女の子が言う集落だ。都会に比べたら人間関係が濃厚であろうこの農村集落ですら確かに変わりつつあるらしい。

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裏庭の土蔵は崩れ始めていた。子供の頃、ごくたまに中に入らせてもらうと四角い穴の開いた銅貨が転がっていたり、無数の厳重に結わえられた桐箱なんかを見ると宝の山の隠れ家のように思えた。手前にあった建物は既に無くなり、瓦が整理して積まれていた。

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毎年、夏祭りが催され、子供の頃、鉄棒の角に浴衣を引っ掛けて破いてしまい泣いた神社も変わらずに建ってはいるが、古びた。小さな集落が建てた小さな村社だ。

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累代の墓のある菩提寺の和尚さんは見た目も印象も変わらないが、代替わりしていた。和尚さんの実年齢というやつは外見からは計り難く、最初から老師然としていて、ついこの前まで元気だったような気がするのにいつの間に他界されていて、すでに老師のような風貌の息子に継がれている。

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祖母の13回忌と伯父の50回忌。そんな名家でもないのに孫だけでなく、成人した曾孫まで日本各地から集まるのが田舎の血縁の誇るべき団結心かね。これも祖母の人徳が大きい。

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高祖父母の遺影。息子からしたら5代前だが亡くなったのは昭和なのでそこまで大昔でもない。高祖母は昭和31年、85歳まで生きたそうな。この方たちも、今では手に入らない太い欅の大黒柱に支えられたこの重厚な家に暮らしていた。私の立っていたこの場所に立っていた瞬間もあったかもしれない。不思議な繋がりを感じる。

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山腹の竹林に囲まれたお墓は子供の頃から苔むしていたから今との違いはわからないが、昔は一緒に墓参りしていた親戚の何人かは、もう墓の内側にいる。

この竹林は祖父母の土地なのだが子供の頃、そういえばカブトムシを獲りにきたことを思い出した。竹の切り株には雨水が溜まり、やがて腐る。その株元にカブトムシの成虫はたくさん集まる。夏休み明けに関東の小学校の同級生にその話をしたが信じてもらえなかった。カブトムシはクヌギの木の樹液に集まるんだよ、図鑑にもそう書いてあるよ、と。デパートで買うだけのおぬしらに何がわかる、実際に自分はいとも簡単に何匹も竹林で捕まえたんだ、と心の中で悔しく思ったことを覚えている。
 
静かに緩やかに朽ちている祖父母の故郷。お金を出し合って神社が再建される日は来るのだろうか。家の裏の土蔵や四阿を立て直す日も来るのだろうか。

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集落の背景に聳える霊峰は変わらずに綺麗だった。平野に隆起する2200m級の成層火山は山岳地帯の高山とは存在感が比較にならない。

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山頂に万年雪を冠した霊峰の地下水で育てている一体の田圃は夕日に照らされて相変わらず綺麗だった。昔よりも稲刈りの時期は早まり、黄金色にたなびく稲穂を見られる期間は短くなった。コシヒカリササニシキは減り、ツヤ姫が主流となっている。

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祖父母の集落は霊峰の麓に最も近く、すぐ近くには霊峰を祀る神職の集落がある。

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けったいなホテルだの施設が建てられることもなく、休暇村と付属山荘を除いては山腹は昔のままの緑に包まれている。露天風呂は夕陽が沈む高原のススキの原を眺めながら入れ、格別な寛ぎだった。山腹にあるにもかかわらず、漁港が近いこともあり刺身や天婦羅、はらこ飯が絶品だった。こういう美味いものは変わらない。

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この集落で生まれ育ったわけではない。ここで住む不便さや退屈さも知らない。しかし関東の生まれ育った街よりも望郷の念は強い。
 
近くの漁港から離島に渡ってみたい。
霊峰の山頂まで家族で登ってみたい。
周囲の名跡史跡を訪れてまわりたい。
田植えや稲刈りを体験させたい。
遡上する鮭を見せたい。
次回はもう少し大きくなった次男も連れてきて、体験させたいことが無数にある。


高円寺の生活も好きだ。しかし突き詰めると無くてもかまわない都会の利点や利便を排除していくと、私の欲しいものは美しい自然と新鮮で美味しい海山の幸と人との繋がりに収束するのかもしれない。祖父母の集落そのものだ。それが私がここに惹かれ続ける理由かもしれない。

唯一の懸念点は文化的な刺激だが、それも自分が絵を描くなり陶芸に入れ込めば解決しそうだ。ここならば登窯だって築けてしまう。つまり物を買ったり美術館に金を払って入館したりの消費的な文化生活では無く、生産的な文化生活ができれば全く苦にならない。そんな切口で捉えると農家であることも加味すれば都会は消費的生活、田舎は生産的生活ともみなせるかもな。