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村上隆 個展 五百羅漢

なんだかアニメのような可愛らしいキャラやそれらでグロテスクなものを表現しようとしている作風しか村上隆のことは知らなかった。どちらかというと、美術って理解できない世界だと思わされる典型のような作風。いびつに解釈の難解さに逃げ込んだような現代美術だと思っていたし、村上隆の作品を理解できないことで美術の眼や教養が無いと言われても勝手にしろど思える。


短く言えばどちらかというと嫌いな芸術家だ。


ところがどっこい、六本木は森美術館で開催中の五百羅漢は素晴らしかった。迫力があった。圧倒された。



長さ100mの大作には五百もの羅漢が描かれている。これだけの作品を構成し作り上げる熱量。異形でいびつな羅漢たち。あの大地震と大津波の後に、不条理に何万もの人が命を落とし、時には家族の中で自分だけが助かり、翻弄された未曾有の惨事の後に描かれた。





もはや写実的では無い。頭蓋骨はそんなには歪ま無いし、脚や腕も病んだように痩せて曲がっている。なぜそのように左右の瞳がバラバラな方位を向いた表現ができるのか。なぜこんなにサイケデリックな色遣いで纏まりがあるのか。なかなか描けそうもないものを描いている。


キリスト教の聖者は若く健全に美しく描かれるのに対し、仏教における聖者の羅漢は老いて病んでいるかのような奇形のような姿で描かれる。外形が否定的な存在でもって肯定的価値感が提示されている。面白いね。


京都に数年いたおかげもあり、ああこの腹を両手で開いている羅漢は仏陀の実弟の羅睺羅だとか、同じ表現の木像が萬福寺の十八羅漢にあったとか本歌がわかるようになっていたりする。

技術的に巧いなあというのではなく、ドーンと何かを問いかけられているように感じる。村上隆の五百羅漢は、凄い。陶板に象嵌で模写したいな。