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流行り廃りと有意義なコト

思索


フェイスブックは親の使うSNS化したと言われて久しい。確かに書き込みが盛んなのは若者以外や新しいアプリに敏感ではなさそうな人の印象を受ける。


ツイッターがもう落ち目らしい。


LINEは未だ使いこなせていない。連絡取りたいからWhatsAppを入れてくれと言われて入れたが。。。


そういや、ミクシィなんてのもあったな。マイミク申請お願いしますなんてメールが交わされたっけ。


昔に流行ったもの、廃れたものを30年ばかし見てくると実体験でもって物事の流行り廃りを知るわけで「これからは⚪️⚪️の時代だ」「今、入れるべきアプリはこれ」などという煽り文句の空々しさも透けて見えるようになる。


そうなると何かが流行りだした際にも、これに飛びついたところでせいぜい5年で消えそうなものだから熱を入れても何も残らんな、と思うものも出てくる。


こうやって流行に飛びつかず、時代に取り残される老人が出来上がっていくのか。


仕事を振り返ると、その当時はしんどくても経験や学びが血肉となり、次の段階の仕事や待遇へと上がらせてくれる仕事もある。それらは気が重くても嫌な仕事でも意義を感じられる。


本当にしんどいのは、5年後、10年後に振り返ってもあの仕事は無意味だったと振り返ることが確定的な仕事だ。その為に残業せねばならない時の徒労感は堪えるものがある。