読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほかならぬ人へ

これまで読んできた直木賞受賞作品の中で最もがっかり。


価値観や好意が噛み合わないことによる人と人とのすれ違いを描きたいのはわかる。誰もが、お互いに必要とし、理解し合える相手と結婚できるわけでもないし、噛み合わないことのほうが多いのかもしれない。


作者は本当に女性を好きになったことが無いように感じる。幸せな結婚などないように思ってやしないか。そして世の中の男はみな、そうだという決めつけに立っているような気がする。


それにしても登場人物の誰一人に対しても感情移入ができない。人格が破綻した美男美女と、対照的に能力にも人格にも優れた不細工という漫画のような対比が2編で繰り返されるのになんとも浅薄に感じてしまう。なぜこうも容姿の良し悪しというくくりで登場人物を説明するのだろう。作者自身に容姿コンプレックスでもあるのだろうか。ブスだが達観して主人公の全てを抱擁する東海は現実味の薄い男性視点の押し付けのような女性像で彼女の葛藤があまりになさすぎて薄っぺらい。


簡単に流されて不倫をする甘えやずるさを「自分に正直でより人間らしい」振る舞いかのように描くのが気色が悪い。「愛の本質に挑む純粋な恋愛小説」なんて煽り文句がつけられているが、愛の本質になど辿り着くことの無さそうな、都合の良い時にだけ相手を求める卑怯で筋を通さない人たちの群像物語。


これまた2編とも、資産家の息子や娘が登場するのだが描写にリアリティーを感じない。資産家を悪く醜く描いているその根拠も乏しく偏見でも持っているのかと感じる。作者の父も直木賞作家なのだが、6回直木賞候補に上がりながら逃し続けた家庭をみていたので息子も直木賞受賞を素直に喜べない複雑な心境を何かの対談で語っていた。そこらへんに生まれながらに安定と経済力を持つ資産家への作者の鬱屈を感じ取ってしまう。


文芸春秋の元編集者社員が親子二代の直木賞受賞作家になるという話題を振りまかんが為の出来レース受賞だという意見もあるが、あながち嘘でも無さそうに感じてしまうぐらいだ。解説者が作者と「仲が良い自慢」を繰り広げるのも興ざめる。自分のブログにでも書けという程度のものに感じる。著者紹介に「生きることの意味について深く探求し、読者から強い支持を受けている」などと書いているあたりに胡散臭さを感じる。直木賞受賞作は心の襞を丁寧に描くような作品が多いので好んで読むが、この作品に限っては作者の歪んだ価値観を現実味を出せないままそれぞれの登場人物に投影しているだけの作品を、出版社が必死に持ち上げているように感じてしまう。


ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)

ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)


「結婚なんてのは、とりあえずいまの自分で○と思ってるときにするもんだ。俺やあの女みたいに何かを変えようとか、違う人間になろうとかおもってしちまうとろくなことはない」この一文だけがなるほどな、と思った点。結婚したからといって今までとは違う自分になれるわけはない。