息子が喜ぶと父も嬉しい。

 

幼稚園のパパ会に参加した。14、15人程度が集まった。名の知れた製薬会社の営業さんも、開業している士業も、議員さんも、専業主夫も、職業は様々。年齢も上から下まで15歳ほど開きがある集まり。共通点は子供の幼稚園だけという不思議な集いだ。

 

いつも感心するのは一学年2クラスの40人近い子供の殆どを把握しているお父さんが多数いるという点。そして多くのお父さんが3人、なかには4人も子供がいて、それぞれの子供の同級生の殆どを把握している。

 

「前、〇〇さん(私)の奥さんと水泳の見学会で初めて話しましたよ。旦那さんと飲み会で隣の席で話しましたーなんて話しかけたらビックリしてましたけど」
だとか
「〇〇(うちの長男)はすごい優しくておっとりしたタイプだよね」「例のイベントで手を繋いだけど可愛かったわー」

 

基本的に、他の子の名前も呼び捨てる。「この前、〇〇と〇〇が喧嘩して怪我したらしいな。先生がめっちゃ謝ってたけどそんなん仕方ないしなあ」なんて会話も飛び交う。よその子も自分の子と同じように話す。「〇〇(私の長男)、ここ数ヶ月でかなり泳ぐの上手になったよね」なんて言われると嬉しいが、そこまで私は他の子のことを把握できていないので敵わんな、と思う。仕事だって私と同等かそれ以上には忙しいはずなのに。

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園長先生はまだ入園していない次男坊の名前も顔も把握しているし、性格すら知っている。「あの負けず嫌いなとこが可愛いよね」などという。園長先生に至っては送り出した園児の数は30年×40人。そしてどの子供の母親かも顔は把握しているという。

ある日、園長が電車に乗っていると、女子高生に後ろから声をかけられたという。私のこと覚えてますか、と聞かれたそうだ。〇〇だって思い出したけど苗字は思い出せなかったなんて園長は言っていたが、卒園して10年も経った教え子の名前が出てくるなんて感服する。

女子高生の元卒園児は友人数名と一緒にいたそうな。友達と一緒にいるのにたまたま見かけた園長先生にその場で声をかけるなんてのは、園長先生に対して相当、親しみが無ければしないのではないか。


 

話は変わる。息子は昨年末に水泳クラスの昇級審査があったのだが、あと僅かなところで落ちてしまっていた。昇級したら食べる約束をしていたハーゲンダッツのアイスクリームを本人は食べる気、満々だったのだが昇級したと思っていたのに週が明けたら昇級できていないことがわかり、それ以来、ハーゲンダッツにも触れなくなった。冷凍庫の中のハーゲンダッツのことはてっきり忘れていたと思っていた。

ようやく、今年になって水泳のクラスが昇級できた。本人は前回のぬか喜びがあるので、あまり昇級したことを主張しないのだけれども、やはり昇級したことを先生に告げられたその日は興奮して夜の寝つきも悪かったらしい。

翌日は、私に近くの温水プールに行きたいとせがむ。私に対して、「〇〇泳ぐの上手になったかなあ」と聞くが昇級したその泳ぎを見てもらいたくてたまらないらしい。

息子の水泳クラスのことなど暫く忘れていた。本人も口に出さなくなっていたし、温水プールが改修中だったこともあり、2ヶ月近く一緒に水泳しに行ってなかった。

息子がおうちにハーゲンダッツあるよね、夜食べようね、と繰り返すので妻がご褒美に買ったのかと勘違いしていた。息子が数ヶ月前に買った昇級祝い用のハーゲンダッツのことを指しているのだと気づくまで随分時間がかかってしまった。口には出さなかったけれども絶えずあのハーゲンダッツのことは覚えていたのだと知った。

 

なんだか些細なことかもしれないけれども、息子が拗ねずにめげずに水泳を頑張り続けていたこと、そして昇級して嬉しくてたまらない姿を見るとこちらまで自分のことのように嬉しい。今年に入って一番嬉しい出来事かもしれない。


別に結婚しない人生も子供がいない人生もありだと思うし、そのような友人知人家族もいる。ただ、私自身に限っては嫁さんと子供がいない人生を考えるとそら恐ろしい。虚無感に押し潰されて頭で理屈でもっていろいろ全てを否定してしまっていたかもしれない。

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コクテイルで、一人呑みながら、時々、マスターや隣の人と話しながら、この雑記を書いている。後ろでは二人の男女が長らく趣味の話をした後に「知り合えて嬉しいです。またよろしくお願いします」なんて甘い話をしている。先程まで隣で呑んでいたお姉さんが、私、お皿を洗いましょうか、なんてマスターに声かけて調理場に入っている。ほっこりとする。


些細で平凡かもしれないが目に見える人間模様に触れられて、明日を迎える元気が出た。