中国で最も愛される英雄「岳飛」廟

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12世紀に金の侵略から南宋を守る為に戦った英雄で勢力拡大を恐れた自国の宰相秦檜に謀殺された「岳飛」。悲劇の英雄であり、三國志演技の関羽と並び称されるのだという。時代といい、その悲劇性から国民に愛されてきた構図的には日本で言うならば源義経に近いのだろうか。

 

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多くの参拝者が訪れ、岳飛の生涯や報国の理念に触れる。讃える石碑や文献、そして美化された立派な像や廟が建つ。もはや、信仰の対象とも言える。

 

中国共産党カトリックプロテスタント、仏教、イスラム教、道教以外の宗教を邪教と見做し認めていない。しかしこの宗教と化した岳飛信仰は「報国」を謳うから許容されているのだろうか。

 

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そんなサラサラと背中に墨で描いたようにはいかないだろう。台の上に寝かせ、痛みを堪える岳飛に刺青を入れたのだと思うけれども。息子の背中に尽忠報国と刺青を入れる母親というのもなかなか苛烈だ。

 

国の為に子供を差し出せと。世の中の為、広く人々の為ではなく国の為というのが煙たい。

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この劇画調な目鼻立ちがなんだか、日本の戦前戦後の漫画のようでもある。愛国漫画は日本も中国も北朝鮮もこのような切れ長な目と長い睫毛の美男美女に美化されていくのは何故なのか。愛国劇画調というジャンルがあるのかもしれない。起源が知りたい。

 

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現実が歪曲されて美化されると当時の困難や偉大さが損なわれてしまわないだろうか。

 

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何せ、馬までマスカラメイクされたかのような睫毛の長い美牡馬に。やりすぎでしょう。

 

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金王朝女真族南宋漢民族だったから、現在もあくまで漢民族王朝の英雄こそが民族の英雄というスタンスなのだろうか。

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岳飛の墓には参拝する人が絶えない。そして秦檜夫婦と息子が捕縛された姿の銅像が16世紀には作られ、銅像に唾するのが最近までの習慣だったのだという。彼らが後ろ手に縛られて連座したことはなく、秦檜は最後まで権力者の地位にあったのだから史実が歪められて貶められている。なんだか異様な「秦檜憎し」に思える。

 

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北宋女真族国家の金に侵略され、南に流れて遷都した国家が南宋。徹底抗戦を主張し成果を出していた主戦派の岳飛だが、南宋が栄えたのは秦檜が主戦派の岳飛らを謀反の疑いをかけて謀殺し、金と和平を結んでからのこと。南宋が滅びる遠因も元と南宋で手を結んで金を挟撃して滅ぼした後に北に引き上げた元の隙をついて協定を反故にして洛陽、開封を占領したからとも言える。

 

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果たして、岳飛軍閥権力を握り続けて金と戦い続けたほうが南宋は栄えたか。和睦したことで民は豊かに平穏に幸せに過ごせ南宋の最盛期が訪れたとは言えないだろうか。仇敵と戦い続けるのは忠義だが、軍事が充実していた当時に度々兵を動かして民が疲弊していた状況もある。現実を見て民の負担軽減に和睦を図ることが失策とは言えないと清の時代には評価が見直されてもいる。

 

謀反の疑いをかけて処刑するのは非道だ。その点は岳飛は疑いようなく悲劇の忠臣だ。その後も粛清を続け権力を掌握し続けた秦檜は奸臣と言えるのもわかる。

 

しかし岳飛が長い中国の歴史で随一の英雄と持ち上げられるのが腑に落ちない。彼は盲信的報国と忠誠で和平案などに聞く耳を持たない猪突猛進の軍事馬鹿だったのか。それとも聞く耳も私怨と民の平穏を天秤にかけて判断もできる分別も持ち合わせていた「矛を下ろせる軍事指導者」だったのに単に秦檜の権力欲から拙速に排除された悲劇の英雄なのか。

 

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現在の私の偏見

  • 南宋の発展の上で和睦は間違いではなかった
  • 岳飛は悲劇の武将だが国政で結果を出す前に殺された一軍人に過ぎず、中華随一の英雄というのは誇張されすぎではないか。
  • 秦檜は虐殺や粛清を繰り返した悪人には違いない
  • とはいうものの800年も後世まで人々に唾を掛けられるほどに悪人扱いされる筋合いはない
  • 秦檜に対してはいくらでも批難侮辱しても許されるという盲目的な偏見と人々の憂さ晴らしを感じる

 

とりあえず岳飛伝でも読んでみよう。