15年来も憧れてきた念願の有形文化財の宿、渋温泉 金具屋

  • 4階建総木造建ての有形文化財旅館
  • 宮大工が腕を競った技巧溢れる内装
  • 千と千尋の神隠し」の聖地巡礼の一つだそうだ
  • 源泉掛け流しのとろみのある鉱泉
  • 同じ宿の中でも異なる源泉の風呂
  • 4つの貸切家族風呂でカップルや家族も楽しい
  • 雰囲気溢れる浪漫風呂、鎌倉風呂
  • 必見の価値のある飛天の間での御馳走
  • 9代目が自ら案内してくれる館内歴史ツアー
  • ぶらぶら歩きの楽しい温泉街

 

 

宮大工になることが小さい頃の夢だった。木造3階建て、4階建ての旅館はその響きだけで惹きつけられる何かがある。

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旅館というものには、こう建てないといけないという建築様式上のルールがない。無論、建築基準法など安全の上での遵守すべき法令はあるが、これを満たさなければ書院造とは呼べない、寺社はこうでなければいけない、この様式とこの様式を混ぜてはならない、行ならばこの素材、草ならばこの素材などといった様式上のべき論からは自由な存在だ。

 

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そんなわけで京都の船岡温泉しかり、旅館や銭湯といった遊興施設では宮大工が技術の腕を自由に振るったセオリー無視の傑作が残る。

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曲線が美しいこけら葺きの屋根。なかなか格式の高い寺社仏閣でしか見られないシロモノだ。それが客室の窓際から眺められる。

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私達が通された部屋は新館(といっても古いが)で有形登録文化財の対象ではない。旧館の部屋に泊まることのできるより高価なプランもあったが、幼児連れとしては気後れして通常の部屋にした。

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金具屋のWEBから拝借した有形文化財登録棟の客室写真。金の純度の異なる箔が貼られた花頭窓風の襖が美麗。天井も折上格天井。

 

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私の泊まる部屋も4人には十分な広さがあり、窓からは松の木とこけら葺きの屋根や日本庭園が見下ろせる。室内も古びてはいるが手入れの行き届いた完全なる和室。トイレ付きでエアコンも完備。庭の緑が反射する座卓も私の好きな意匠というか室礼の一つだ。磨き抜かれた漆塗りの床板に庭のもみじを写す「床もみじ」というものがあるが、それに通じるものがある。

 

お陰で何枚か、息子とのとても良い写真が撮れた。

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天井板一つとっても節なしの一枚無垢杉板が2間幅に渡されている。

 

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ちなみに隣の部屋がまだ空いていたので覗かせてもらうと、こちらは広縁に向かい合う椅子の置かれた部屋だった。

 

17:30から毎日、館内ツアーが催されている。

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9代目が自ら金具屋の屋号の由来や館内の特筆すべき建築様式や技巧を説明してくれる。声は聴きやすく、説明は分かりやすい。聞くのは初めてだろう客に熱量をもった全く同じ説明を来る日も来る日も繰り返すのは、とても覚悟と熱意と真摯な気持ちがなければできないことだと思う。腰に下げたスピーカーから録音済みの説明を流すことだって可能だが、9代目自らが肉声で語りかけ、客の質問に応じることが素晴らしい。良い後継に恵まれたようで客としても嬉しい。

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8階に位置する「飛天の間」は岩山の斜面に建っているので実際には2階建ての2階部分となる。畳が横10枚、縦に13枚の130畳の大広間で5間の横幅の間に全く柱のない構造は屋根にトラス構造を用いて実現したとのこと。富岡製糸工場に次ぐ先進的な西洋建築様式の導入例だそうだ。

130畳の一切柱を設けない豪壮な大広間を作るにはどうしたら良いか、実現したい派手な普請野心がまずありきで、実現方法が模索される。

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舞台も奥行きのとても深い、本格的な興行ができてしまうシロモノだ。天井は折上格天井で、かつては全て幅半間の節なしの無垢板が用いられていたそうで、舞台上の天井だけに今もその名残が見られる。半間というのは90cmなわけで、幹の太さが120cm近い樹齢400年越えの御神木サイズの木からしか切り出せない。現在では金を積んでもそもそも手に入らない部材だ。どうだ、凄いだろう、と見せびらかすようなものだったし、説明されることもなくその贅沢を昔の人は即座に理解できたのだろう。

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掛けられた日本画の巨大さだけでなく、その絵のクオリティの高さも驚愕する。

保存された見学場所としての広間ではなく、実際に朝食と夕食を客が頂ける場なのだから素晴らしい。今は個人客同士の間を衝立で区切っているが、お膳が数百も並んだ大宴会の姿を想像してしまう。さぞ豪勢だろうな。

 

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誰の作だろうか。尋ねそびれてしまった。

 

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「飛天の間」に登る階段は壁が遊郭のような紅色。階段の手すりは水車の廃材を組んで取り入れている。

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 いちいち、置かれている絵画が趣味が良いと思う。

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「飛天の間」の下には小宴会場が二つある。一つはシャンデリア

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一つは洋風な飾り窓のついた部屋

 

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1階にはこれまた遊び心の塊のような造作。館内に砂利敷きの廊下を設け、左手には建物内に家屋が並んでいるように見せるために窓辺に欄干などを作り込んでいる。右手には商店街を模して土産物が陳列されていたという。そしてなんと天井はドーム状に丸く作られ、青く塗られ空を模している。建物の中にいながら商店街を疑似買物散歩できる趣向だ。今で言うヴィーナスフォートのようなものを100年以上に渋温泉で作っていた。

 

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普請道楽の塊のような宿。階段の板もピカピカに磨き抜かれている。

 

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全ての部屋が異なる造作、意匠で作り分けられている。お前の部屋はどうなってる、うちの部屋はこうだ、とお互いの部屋を行き来する口実になったのかもしれない。

 

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階段の裏にまで網代を貼るのが職人拘りの粋。

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これだけの規模の既存不適格であろう4階建て木造旅館に営業許可が降りているのはとても珍しいのだそうだ。2年ごとに認可を受ける必要があるという。消防署の理解もあってのことだろう。

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どこにカメラを向けても絵になる。

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古色あふれる電話があちこちに。線は繋がっていないようだが。

 

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創業当時は近隣の客が泊まりにくる簡素な木賃宿のような建物だったという。鉄道が湯田中駅まで延伸し、善光寺詣でに都会からくる客が数百人単位で渋温泉にも立ち寄る世の中になることを見越した先先代が一大投資をして贅を尽くした旅館にしたのだという。往時の当主が全国を見て回り、良い造作例や工夫を選りすぐって詰め込んだものを宮大工に具現化してもらった夢の結晶だ。

 

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2017年に有志達による「千と千尋の神隠し」のファンアート撮影会が行われたようで、その作品群が展示されている。あの作品が好きな人は観て楽しいに違いない。ハクなどの再現度が高かった。

http://raruha.oiran.org/

 

このような文化財の建物に源泉掛け流しの良泉で1泊2食で1万5千円というのは安い。豪勢に普請し直した100年前当時の宿泊料はもっともっと高かったはずだ。箱根の環翆楼は同様に素晴らしい有形文化財、源泉掛け流しの皇女和宮も投宿されていた素晴らしい宿だがあちらは3万円前後だ。都心への近さという立地の差はあるが、建物そのものは金具屋の方が好みだ。1万5千円で泊まれるのは私としては嬉しいが、これだけの文化財を維持管理して後世に残していくことを考えるとこの低い価格設定は果たして正しいのか疑問にも感じてしまう。10年後、20年後、50年後の改修の積立はできているのだろうか。


また10年後、20年後と人生の節目節目に泊まりに来たい。