初節句の飾りを探す。今やインターネットでも安く立派なものを手軽に買い求められる時代だが、写真を見て決めるのはあまりに頼りない。質感だけは肉眼では誤魔化せないが、写真ではなんとでもなる。
なんとない予感があって、信楽にまで足を延ばした。折角、京都に住んでいた頃に授かり、初節句を迎えるのだから、多少の所縁のあるものが善い。そこで華美過ぎず経年劣化せずに永らく飾れる陶兜を探すことにした。
英山窯を訪ねるも、法事で今日は休みだとのこと。それでも親切に中を見せて頂いた。茶陶が中心で人形の類いは無い。自然釉の緋色が綺麗に出た抹茶碗を観ると憧れてしまうが、値段に手が引っ込む。窯のおかみさんに陶人形を造る窯元を尋ねると、近くの明山窯を教えてくれた。
明山窯はかつて使っていた登窯を綺麗に整備展示しているギャラリーカフェ併設の窯元で、一画に大小様々な陶兜や陶雛人形を置いていた。
人形店にある、いかにもメッキのテカテカとけばけばしい伊達政宗かなんかの巨大な三日月のお前立てのような類いの兜には違和感があった。古くもないダイキャストの金属部メッキが剥がれた際のチグハグ感はなんとも苦手だ。実際に被れなくとも善い。
派手、華美過ぎない
棚の上に飾れる小ささ
嫌味の無い意匠
そんな条件で探して目に止まったのは、幅25cm程度の陶兜。控え目な大きさのお前立てと、金と青緑の彩色が悪くない。木瓜紋が付いている。
織田信長の兜だそうだ。織田信長か。。。その有名過ぎる無惨な最期。縁起悪いのでは無いかと嫁が懸念するも、別に構わんとも思う。経済発展促進の合理的な解放政策、家格や血筋に左右されない人材登用、その後の都市計画の基盤となる城下町モデルの作成、軍事と政治を握り過干渉する宗教団体の鎮圧。迷信を排し実利の為に合理性を追求する姿勢は感嘆する。惜しむらくは人の心の弱さへの理解が足らなかったのかもしれない。
同梱されていた冊子を読むと、先祖が1622年には茶壺を豊臣秀忠に献上している、古くからある窯元だそうだ。