アジャンタの広い石窟だけでも驚いていた。それがエローラになると規模が飛躍的に拡大する。
アジャンタの開窟に携わっていた夥しい石工がアジャンタ放棄の後にはエローラの開窟に回ったという。エローラの印象はわかりやすい規模の拡大。その巨大さで信者、不信者を圧倒する威容。
12窟は三階建ての僧院。庫裏など生活に必要な付帯設備を伴う。
この長い回廊が5本ほど並ぶ巨大空間。「北斗の拳」のカイオウ編を読み直したくなった。そんな空虚感が漂う。なんのこっちゃ。
三回建ての巨大石窟。巨躯の石仏と太い石柱が並ぶその迫力たるや。数百人の僧侶が並んで座れたのだろう。
しかしアジャンタ石窟に感じられるような仏教僧が籠って修行に明け暮れた密度のようなものは全く感じない。肥大化し大規模化したがらんどう。これがインドにおける仏教末期であることに何がしかの因果関係はあるのだろうか。わかりやすい肥大化と大規模化は狭義の空洞化の裏返しだったのではないか。
無所有を突き詰めた無衣派や、地中の虫を殺すから農業にすらつかない非殺生など厳しい戒律を科すことで知られるジャイナ教徒はカーストを形成し商業に注力し、今日でも0.5%の信徒人口しかいないと言われながらも国家の25%の納税をしているとも言われる。パーシーも互助の団結で知られ、Godrejなどの財閥を形成している。その点、インドで仏教は影響力を持たない宗教に萎んでしまった。
それにしても、インドの像の豊胸ぶりはなんなんだろう。誇張表現なのか、インド人は弾力のある豊胸が多いのか。まるで旧式シリコン豊胸。こんな像が並ぶ中で修行するのは禁欲に打ち勝つ為の作為か。
13窟以降になるとヒンズー教に変わっていく。石像も牛頭半人やら八面六臂やらファンタジー染みてくる。
みんなやはり、撫でるのだろうか。照りが違う。
エローラの代名詞とも言えるのが16窟、カイラス山の再現を夢見たカイラーサナータ寺院。巨大な岩肌を20万トンもの石を削り出して作り出した巨大一石造りの化物寺院。こうなると、権力者の示威行為。
一部、漆喰や塗装が残っている箇所を見ると石彫の段階で細かく彫り込んでいたわけではなく、漆喰に細かい細工をしていたことがわかる。
カイラーサナータ寺院がかつては全体が白く、赤で模様が細かく描かれていたその姿を想像してみる。遺跡の朽ちた風合いのほうが好みかね。
なんだかみんな小鹿のような雰囲気の家族だった。特に子供。
ここまで幼いと効き目はない。
恒例のセルフィー攻勢。
撮ってくれと言いながら、いざとなると照れるのはやめてほしい。笛ラムネがないと表情は硬い。もっと買ってくるべきだった。