父と息子の二人旅。
3歳半ぐらいになったら息子と私の二人だけで東京近郊に旅行に行くことにしている。
長男は次男が生まれてからというもの、自分だけを見て構ってもらうということがなくなっていたので親子二人旅は楽しかったそうな。次男は次男で長男に比べて全てにおいて2回目で両親の注目も少ない。次男の方が常日頃から自分に注目を集めるための我儘や悪戯が多いように感じる。
そんなわけで今回は次男の番。次男を連れて奥多摩の御岳山の宿坊へ。青梅快速に乗り、バスに乗り、ケーブルカーに乗る。あれこれ乗り継ぐだけで幼児にはすでに楽しいし、段々と田舎に、山奥に、山頂にと景色が移り変わるのも楽しい。
武蔵御嶽神社までは舗装された道路に石段なので幼児にも歩ける。適度な運動で疲れてもらって、食事後にはぐっすりと静かに寝入ってもらうのが理想的だ。
大人だけだと御岳山の入口に過ぎない武蔵御嶽神社だけれども幼児からしたらかなりの石段の連続だ。本人としては頑張った様子。
何度も参拝しているが初めて御朱印を頂くかもしれない。美麗な筆跡。
今回の宿はこちら、「西須崎坊 蔵屋」。山頂集落で最も武蔵御嶽神社に近く、最も標高の高い位置にある宿坊だそうだ。
部屋数は6つほどか。眺望のある側と、参道側の離れに分かれていて案内されたのは参道側の離れの8畳間だった。個室からは参道が見え、眺望はない。部屋にトイレが付いていて幼児連れには有難い。室内の調度品に特に目を惹くものはなく、壁の絵も川合玉堂や平山郁夫といった画家の作品ではなく、レプリカだ。ホームページで見るよりは古びた印象だが清潔にされている。エアコンは無く、扇風機が一つあるだけだが十分だろう。
風呂は温泉ではないものの、清潔でそう昔でない頃にリフォームされたと思われるタイル張りの浴槽。外からは晴れていると遠くに街の夜景が見られる自慢の「天空風呂」だそうだ。真夏だが、山頂は涼しく、温かい風呂が最高に気持ち良い。
息子は熱すぎて入らないなどと言っていた割に、お湯に浸かっていた。
大きな40畳の広間にテーブルと椅子が並べられており、そこが食堂となっている。脇には立派な神棚があり、かつては講の巡礼者達を受け入れていた宿坊であったことが偲ばれる。
調度品に風格を感じる。
食事は全宿泊者が18時から広間で頂く。幼児にはチャイルドチェアこそないものの、椅子の上に座布団が2枚重ねられ、プラスチックのカトラリーやスプーン、フォークも用意されており、歓迎されていることが嬉しい。
先付として大人はトマトやオクラを固めたもの、エシャロットの味噌付け。
刺身蒟蒻に茶碗蒸し。安っちいスーパーの添加物まみれの刺身蒟蒻ではなく、御岳の集落で作っているものっぽい。
冬瓜の海老餡掛け。ほんのり甘く、柚子の酸味が爽やかで海老のコクもある。こういうものを丁寧に美味しく作れるようになりたい。このひとかけの柚子皮を入手するのが厄介なのだよな。
鮎の塩焼き。
頭から食べても苦味が抑えめで香り高い小振りの鮎。このサイズからして天然だろうか。ドクダミが描かれた皿との組み合わせも軽妙だと思った。
腹加減を気にしながらも口直しに食べて欲しい、と分量が少な目に供される蕎麦も嬉しい。昼は手打ち蕎麦を看板商品にしている。
御岳山の宿坊は総じて料理の質が高いように思う。
幼児メニューは鍋の代わりにハンバーグ。茶碗蒸し、煮浸し、鮎、冬瓜の海老餡掛け、蕎麦は大人と同じメニュー。野菜が多く、肉は川魚。調理が悪いと子供は全く口をつけない可能性もある献立だが、あれこれ腹がパンパンになるまで食べた。やはり素材自体も味の引き立ても良いと食べるものだな。
食堂には日本画の大家、川合玉堂さんの書や画が飾られていた。そういえば前に泊まった山楽荘にも客室に至るまであちこちに逆胴さんの絵が飾られていた。川合玉堂はどこか一つの宿坊だけを定宿にしていたわけではなく、あちこち泊まり歩いて書画を贈っていたのだろうか。それとも乞うて譲ってもらったのか。
直木賞作家の浅田次郎さんの書も飾られていた。ちなみに浅田さんは母型の祖父母の実家が御岳山の集落だそうで、幼い頃から御岳山に帰省していたのだそうだ。
書画はどれも既に名を成した大家ばかりだ。まだ駆け出しの頃の絵は無いものなのか。昨今の現代芸術家が投宿して画を残していくようなことはもう無いのだろうか。
最近の作家はもうそんなことはしないのか、最近の宿は若手の絵で支払いに換えるような酔狂はもう受け付けないのか。どうなのだろう。
細川護熙さんの揮毫。書いてもらったものらしい。あの超絶趣味人の人が短い余生でここに泊まりに来ることは流石に考えにくい。入り口には政治家とのツーショット写真やらが、陳列されていてそれは少し興醒め。信仰も政教分離も無く権力者に擦り寄ったらもう、宿坊では無く単なる観光宿泊所になってはしまわないか。
- 部屋は特色なし。個室トイレは子連れに有り難い。
- 展望のある母屋の部屋に大人だけで泊まればまた趣きは違うかもしれない。
- 風呂は新しく清潔で気持ち良い。眺め良し。
- 広間の神棚がなかなかの貫禄と品格。
- 民宿と分類するには抵抗あるほど食事がしっかりしていて美味しい。
- チェックイン15時、チェックアウト10時。それ以前、以降に身を置くスペースはない。(例え外が雨でも)
私の好みでしかないが、食事なら山楽荘が素晴らしいが蔵屋も良いことがわかった。内装や調度品も楽しむなら山楽荘。川合玉堂や北村西望などの作品にふれるならば山楽荘。風呂は廃墟好きには山楽荘たが女性受けは蔵屋の天空風呂か。参道の好立地は蔵屋。眺望の見える部屋なら南山荘の寝転びながら山々を見渡せる客室も夜景を眺めながら食べられる食堂も捨てがたい。家族経営の温かみあるもてなしも南山荘。
次回は御岳山荘に泊まってみたい。
嵐の後の濡れた参拝道を手をつないで歩いて下った。二日間の間、息子が話しかけてきたこと、問いかけてきたことには全て即座に反応した。「ねえ」「あのさ」に全て間髪入れず「何?」と対応することを心掛けた。彼のペースで虫を観察したり、石ころを拾ったり、木を見上げたり。大人でも膝に負荷を感じる行程なのによく頑張った。宿でもおとなしくしていたし、悪戯も我儘もなかった。親が自分のことをしっかりと見てくれている充足感があるといい子にしていられるものなのだな。普段からも彼がもう少しそう感じられるようにできれば良いのだけれども。