やたらモノクロの似合う、豆鹿の頭骨鉢。これには「唐印」を植えてある。立派な花茎は朽ち、そのまま株も枯れてしまうのではないかと危惧していた。
しかし株元のあちらこちらから新葉が出てきた。頭骨の中でしっかりと根を張ってくれたのだろう。「死」から見事に「再生」へと移行してくれた。
眼窩の後ろからも生えてきた。これがさらに育っていくとどのような姿になるのか興味深い。植物と鉢が年月を共にして育った姿はやはり植え込んだばかりのものよりも一体感を感じる。鉢の陶肌も適度に汚れが刷り込まれて馴染んできた。
いいぞ、この鉢。
自画自賛。お気に入りの一つになった。
植えた瞬間がベストではなく、どう育っていくのか想像力が惹起されて楽しみな鉢。
マグネシヤマットの白肌の質感もチタンマットや白マットよりも好みだ。マットでありながら、わずかな艶加減がとても丁度よい。同じものをまた作りたくもなってきた。まだ石膏型もあるし、そのうち考えよう。
しかしこのまま年月を重ねて根詰まりしたらどうしたらよいのだろうか。そうしたならばそのまま枯らすに任せるのが良いのか、引っこ抜いて植え替えるべきなのか、悩ましい。