「竜とそばかすの姫」と実名で何かを表現することについて

子供達を連れて朝8時の回で細田守監督の「竜とそばかすの姫」を観てきた。


この映画の中身に対して事前情報が無かった。単にカンヌで上映され14分間のスタンディングオーべーションが起きたというニュースを見て、子供を家から連れ出して外で時間を潰さないといけないならこれだと思っただけ。


映画「ダンサーインザダーク」を思い出した。その音楽と映像、その感覚と表現。心動かされる表現があって素晴らしかった。中村佳穂という鳥肌モノの美声の歌手を今更にして知った。


誰もが偽名とアバターで仮想空間で好き勝手に言う世界で、身バレして本名を晒して何かを表現する恐怖は私も分かる。


サマーウォーズの二番煎じだとか、伏線を回収していないだとか、音楽と映像だけだとか、細田監督はどうしちゃったの酷いだとか、これなら私でも作れるだとか、もう作中のネット社会と同じように現実でも批判が映画評論サイトに垂れ流されている。よくそこまで言えるものだ。細田監督は自分の作品への批判的批評を見るのだろうか。観ればなんだかウケの良さそうなことが察せられる「サマーウォーズ」の評価が高かったから「バケモノの子」でも「おおかみこどもの雨と雪」でも「ミライの未来」でも批判は多かった。確かにと思う批判も多かったがそれで作品全体の価値が台無しになるとは思わなかった。もし批判を細田守監督が読んでいたら少なからず傷ついただろうし、それでも次は前作の批判が来ないような作品を作るのではなくこうして「竜とそばかすの姫」を作ってくれたことが素晴らしいと思う。


誰もが確かにそうだなと言うような批評ができたとしても、その批評家がモノづくりした者より優れていることには決してならないと思う。モノづくりする人の創作意欲を掻き立てるモノを作り出した人を私は深く尊敬する。偉そうに優劣や違いが分かることを誇示する単なる消費者よりも。


私は細田守監督作品の中で本作が一番好きかもしれない。映画が必ずしもストーリーやら登場人物のその後やらを全て説明し尽くす必要はないと思っているし、観る者の心を動かす瞬間があれば成功なのではないだろうか。そんなに世間の人にとっては尺の中にバランスよくストーリーが上手く収められていることが重要なのだろうか。伏線は回収されないといけないのだろうか。足の悪い犬の説明エピソードがないと消化不良を起こすのだろうか。



実名を出して何かを表現するのは怖い。当事者は作品や表現への否定と自分への否定をわけることはできない。


平凡でそばかすだらけの冴えない地味な田舎の小娘が素の姿で不特定多数の前で歌い表現することの恐怖。他人の評価や視線が気になる年頃なら尚更だ。

細田守監督ですら罵詈雑言が寄せられる。あの素晴らしい歌を披露した中村佳穂さんに対してすら、「でも容姿はブス」などと酷い言葉が投げつけられている。どんな形であれ表に出る人間には匿名の批判や否定を甘んじて受け止める義務があるとでもいうのか。


私も趣味で陶器作品を作る。匿名のこのブログで晒す分には気にならないが、実物の私を知る人が私の陶器作品を見るときはとても居心地が悪くなる。

何これ変なの。気持ち悪い。

あまり一般ウケしなさそう。

これ売ったの?買う人いるの?

もっと上手い人他にたくさんいるよ。

あーナウシカとか好きな感じ?

なんかデッサン狂ってない?

なんか似たの見たことある。

ちゃんと修行して技術を身につけてない人が違いのわからない素人に値段ふっかけてるのを見るとイラッとする。(一般論としてと言っていたが)

もっと〇〇みたいな作品作れば?

もっと〇〇みたいにした方が売れるんじゃない?

こんな趣味のために本業の手を抜いてない?


ほとんどは言われたことがある言葉で、一部はニュアンスを感じ取れたこと。妻や信用できる仲の良い友人は私に対して本音を話してくれるし、私の陶芸を理解してくれることを妻や友人に期待しているわけではないのでああそう思われてるんだな、ふうんで終わる。それで嫌いになることなどない。おそらくそこまで仲の良くない友人や知人は無関心かもっとキツイ批判的な感想を持ってるかもしれないが敢えて私の前では言うことはない。私のいないところで、あるいは匿名で言うのだろう。


あなたに認められるために作っているわけでもないし、あなたのお気に召すように自分の表現をねじ曲げてまで迎合する気もない。なのに「ああ残念、私はこういうほうが良いんだよね、惜しかったね」みたいな上から目線で評価をする人がいかに多いことか。なぜ私はあなたの合格をもらうために何かを作っていると思っているのだろう。純粋に作者はこういう表現がしたかったのだろうと受け止めずに、表現者が何がウケるかを模索した前提の批評をする。


私はメンタルが弱いから実名で表現することを仕事にはできないと思う。だから細田守監督も中村佳穂さんも、表現を生業にしている人はすべからく逞しいし強く向き合っていると思っている。だから勇気と刺激をもらえる。


まあ、そんなわけで私は作陶に関してはひっそりと趣味で作りたいモノを作り続けたい。匿名でも表現を公開すると自分と感性の合う人と出会えることもあるし。