ブログの意義と人とのつながり

私はこのブログは顔も名前も素性も隠して、自分の興味のあることを一方的に書いている。仕事に関することは書かないようにしている。

 

元々はフィリピン駐在中に私の勤めるオフィスで私はフィリピン人200人強の中ではただ1人の日本人状態で妻が数ヶ月後に来てくれるまでは全く日本語を発しない環境にあったので日本語の読み書き練習日記のような意味合いで書いていた。

 

その後も続けているのは6割ぐらいは自分のための備忘録として書いていて、前行ったあの場所、あの店ってなんだっけだとか、前回何したっけ。次回は何しようだとか見返すのに役立っている。去年の頃にはどのサボテンや多肉植物が花を咲かせていたかなど確認するのにも役立っているし、成長の遅いサボテンの5年前の記録を見て成長を喜ぶのも好きだ。

 

書くことがなくなることもある。それは大抵、刺激が減ってきて生活がつまらなくなっている徴候だったりする。そういう時、何か新しいことをやろうと思わせるきっかけになってくれる。

 

そんなわけでこのブログは自分のためなので続いている。

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(人とのつながりを表現した写真?)

しかしそれ以外にも元々想定していないブログの恩恵というのがある。確認してみたら2021年12月時点で230人超がこのブログを登録しているらしい。もうアカウントを放置している人も多いのだろうな。それでも20人ぐらいは定期的に覗いてくれているらしい。YahooやGoogleの検索結果から飛んでくる人も含めて毎日200〜600人がアクセスしているということになっている。

 

誰が見ているのかはかなり謎ではある。多肉植物やサボテン愛好家が互いの植物の様子を見ているのが一番多そうだ。

旅行の記録などは盛られた宣伝広告ではなく素人目線ではどうなのか見る人もいるのだろう。私も大抵、じゃらんや公式ホームページだけてなく誰かの体験記ブログなどを大いに参考にしている。

隙間時間での暇つぶしってのも多いだろうな。

 

何気ない感想コメントを書き込んで下さる人がいたり(何気に嬉しい)

経験をお持ちの方が助言して下さったり(とてもありがたい)

顔も素性も存じ上げない、盆栽と植物が好きだという方から植木鉢の製作依頼を受けたり(とても嬉しい)

 

そんな緩やかな拘束性の無いやりとりがほっこりとする。

 

ブログを書いている人自体がすでにほぼ中高年だけだと言われたり、はてな自体が廃れつつあるなんて話も聞くがもうしばらくは続けていこうと思う。今の若い世代は私がラジオの投稿職人を見ていた視線でブログ日記を書く私達を眺めているのだろうか。

 

思案事項

  • ブログで緩く繋がっている人とは顔を出して直接会うことが可能な機会が訪れた場合には会った方が良いのか、お互い会わない方が良いのか。
  • 子供がだいぶ大きくなってネットニュースを見たりググったりするようになってきた。親のこんなブログは隠し通した方が良いのか。