酷い転職進路判断ミス

世の中にもっとお役に立てる仕事をしたいと願っただけなんだがな。ガラにもなく週6で、夜遅くまで連日、自分なりに上手くいく道を模索しながら働いてきた。

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しかしどうやら酷い転職判断ミスをしたらしい。詳細は割愛する。

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身の危険というか、心の危険を感じた。ああ、無理を続けたこの先には鬱や統合失調のような結末が待ってそうだぞ、と思った。自分の職能との滑稽なほどのミスマッチだとも思ったし、こんな相性の悪い意地悪な人と一緒にこれから長いこと働いていくのは人生の無駄に思えた。

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私をうっすらとだけ知る人は「逃げた」「辛抱がない」「やってることが一貫していない」「威勢の良いこと言ってたのは何だったんだ」と思うのかもしれない。しかし大きな過ちは追加の時間や労力を投入する前に撤退、方針転換すべきだと思う。過ちを認めず正当化するために固執して消耗することが良いとは思わない。

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A:辛抱のない逃げ

B:早い撤回と軌道修正の判断

 

人によって見え方はまちまちかもしれない。

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今年の夏は子供達とろくに遊べなかったし旅行にも連れて行けなかった。それも情けなく思う。

子供たちときちんと向き合うには親としての自分の心身の健康が第一。我が家を経済的に、精神的連帯において守ること。子供にかまう余裕があること。その上で自分の生き甲斐や能力と仕事との接点を模索すること。

 

パートナーは言った。

「転職前は何を夢見てるんだかと思って聞いていた。私はうまく行かないと思っていた。でも、あの仕事に就いていたら今頃自分は。。。などと未練を引き摺りながら燻って別の仕事を続ける方が良くないから黙っていた。こうして都合のいい世界などは無いことを知って、間違いは修正すればいいんじゃないの。失敗したのは自己責任でしょ。仕方ないじゃない。しっかり次の仕事をしながら、趣味でやりたかったことをやるのでもいいんじゃないの。」

ぐうの音も出ない。すごいな。

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我ながら晴れ晴れとする見事な失敗というか挫折。今までの自信は粉々にされ消し飛ばされた。惨めな気持ちで一杯だ。やっちまった。やばい時に逃げる勇気があったと自分を慰めている。

 

この先、誰かに今までに経験した失敗や挫折はと聞かれたら真っ先にこの経験が頭をよぎるだろう。息子たちが学校でイジメにあって本当にどうにもならなく苦しかったら、「逃げろ」、君達の父ちゃんは逃げたぞ、と説得力を持って言える。

 

レールに乗せられた人生なんて使い古された表現があるけれども、これだけレールが多いとレール選びも大変だという話。

 

 

これまでで一番のピンチはいつだったかを思い返してみる。

妻が次男を妊娠していた際の切迫流産による緊急入院と絶対安静から続いた5ヶ月の長期入院。妻子の健康状態への不安。初めて妻から引き離されて情緒不安定気味になっていた2歳の上の子を朝から晩まで育児をする不慣れさ。不慣れながらも作ったばかりの御飯を息子に薙ぎ払って床に落とされた時は泣けた。それと同時の新卒から勤めた企業からの初めての転職。購入した高円寺の土地に注文住宅を建てて直面した数々の弁護士介入トラブル。これが同じ半年間に重なった7年前は寿命が縮まるようなしんどさだった。

 

大規模な事業立て直しとリストラを主導する側で消耗し、リストラに区切りがついたので期待と奉仕の志を胸に転職したら新しい職場で全く聞いていた内容と違う業務内容。理解に苦しむ自分への攻撃。追い討ちをかけるように長年連れ添った愛犬を失った今年。7年ぶりにしんどいことが重なっている年に思えるが、7年前に比べたらまだあの時ほどしんどくはないようにも思う。人生とはこういう波が定期的に来るものなのかもしれない。乗り越えていかないといけないのだろう。

 

Spotifyを聴いていたら心に沁みる歌が流れてきた。

「ワダツミの木」

「月光」

「NEVER END」

川の流れのように

銀座で稀有な好みの店「月のはなれ」

月光荘の分館、「月のはなれ」という銀座のクラブ街の雑居ビルの5階にあるカフェバー。

 

日々変わる生演奏。ピアノ、弦

ガンボ、ケイジャンチキンのようや食事メニューもある。

シェイカーで作ってくれる本格カクテル。

作家のアート作品が売られている。

廃墟隠れ家のような風情。

 

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銀座8丁目。クラブの前には高級車が停まり、壮年の男にドレスや着物の若い女が付き従って歩く。すれ違いざま、「ご馳走様でした。とっても美味しかったですー⤴︎」という嬌声。どうやら銀座は平常運転だ。

世の中には一晩で何万円、何十万円を使っても気にならないお金持ち、そのぐらい使っても乾きの癒えない金持ちがいるのだな。そして貧富の差という意味では歴史上、今が最も少ない世の中なのだ。
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エレベーターすらない雑居ビルの5階にお目当てのカフェバー「月のはなれ」
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大体の日には何某かの生演奏が聴ける。今日はピアノだそうだ。弦楽器の日も来てみたい。
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ノーチャージだけれども、任意のチップを勘定に上乗せして払う仕組み。知らない曲ばかりだったけれども生演奏は心地良い。
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生ビールから始めた。見た目の素敵な彩りのカクテルを頼んでいる人も多い。

カップルで来るのにピッタリの店なのだが1人客が多い。生演奏が流れる良い店の証左だ。
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ガンボを頂く。オクラが効いていて美味しい。バジルとタバスコで味変させながら楽しむ。家で作ってみようかと思う。
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珈琲にテリーヌで丁寧に締める。私の銀座通勤が終わった日を1人で祝杯を上げる。

 

学生の頃でも来られた価格帯のお店だった。こういう店をもっと昔から知っていたら銀座という街がもう少し好きになっていたのかもしれない。

陶蟲夏草鉢「団子虫」 X 一輪挿しの花々

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また静かな鉢が出来上がった。これはガラスの瓶に乗せる一輪挿し用の蓋。
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横から見ると目立たないが無数の脚が見える。

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ミントの花を活けてみる。ダンゴムシが大きく感じられる。
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ゼラニウムの花を活けてみた。不思議とゼラニウムの花が大きく感じられるようになった。
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それにしても鮮やかな赤。
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花をなくしてこの蕾が四方八方に広がる感じも良い。

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庭先の花を活けた。
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たまには水を入れたガラスに一輪挿すようなモノも良い。
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鋭利な千切れたような縁。

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高円寺の行列のパンケーキカフェ「AIMU」

 

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もう一つ、高円寺の人気カフェ「AIMU」。ここも開店してから1年ほどになるが前を通りがかって常に満席だったカフェ。徐々に常連客を惹きつけたというよりも、おそらく雑誌かSNSかで認知されていて高円寺外からお客さんが集まっている様子。
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広々とした空間。もう2卓は増やせるだろうが、提供キャパシティを考慮すると卓を減らして、行列ができてもこの客席数にしたのだろう。
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窓が大きく取られており、開放感がある。
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卓上には色の控えめな切花と陶器の一輪挿し。
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行列のできる人気カフェになったのはこのふわふわパンケーキがきっかけだそうだ。店先にも本日はパンケーキは御座いませんと注意書きがあり、メニューを渡される際にもその旨を伺った。それだけパンケーキ目当ての客が多いのだろう。
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注文したのはシャインマスカットとナガノパープルのケーキ。この2つを使うとわかりやすく豪華だと認知されるほど知れ渡った果物界の売れっ子。どちらの葡萄も皮ごと食べられるし、シャインマスカットだけよりもナガノパープルも組み合わさった方が賑わいが出る。シャインマスカットがついに作付け面積日本一になったそうだが、今植えるならば需要があるのは圧倒的にナガノパープルのように思う。長野県外で育てられて出荷されるナガノパープルはなんと呼ばれるのだろうか。
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フルーツサンドで常時大行列の人気カフェとなった「ジュールベルヌ」といい、目玉となるような写真映えする名物スイーツで客の入りが大きく変わるのだな。
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11:00〜18:00(LO17:00) 週末は予約制、パンケーキは整理券性だそうだ。

人気のブロカントカフェ「Spile」

気分転換が必要になると、私のすることは美術館に行くか、作陶するか、山に行くか、カフェ巡りだ。

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阿佐ヶ谷にある週末は大抵、満席で入れないカフェ「Spile」へ。平日の昼間なので数席空いていた。にも関わらず数席しか空いていなかったというべきか。
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ブロカント風というのかね。ブリキや錆びた鉄などの骨董と古びた無垢の木製の机や椅子。京都にたくさんあったタイプのカフェ。
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机と机の間は広く取られており快適。私以外の客は全て女性だった。
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Swingerのミシンが置かれているような雰囲気だが、ミシンはなくて代わりに年季の入った扇風機と映写機。絵になる。
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ブリキのスタンドランプ。20Wだったりして点けても照度が足らず本を読むには暗いようなランプが雰囲気作りには最適だったりする。
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食事は味噌の鶏唐揚げ、生姜の効いたスープ、ポテサラ、おかひじき、玄米御飯、レモンゼリー。オーガニックな滋養のありそうな食事。丁寧な暮らしで食べそうな食事。

 

確かに、こんなスタイルのカフェはありそうで少ない。高円寺のビーガンカフェ「メウノータ」か閉店してしまったシェパーズパース」のような系統か。

 

店を出ると3組ほど待っている客がいた。店員さんは、空いたお皿を下げる際にも「ごゆっくりどうぞ」と声がけしてくださるのだが、行列ができると長居しづらくなる。最高に居心地が良くて、適度に満席にならないカフェというのが理想的だけれども。

フルーツサンドを目玉に蘇った「ポエム」

高円寺南で48年続いていた老舗喫茶店「ポエム」。

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2021年にミシュラン星付きレストランでソムリエをしていた五十嵐さんという方が事業継承という形で引き継ぎ、リニューアルされたのだそうだ。
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内装はそのままに。しかし調度品はセンス良く生まれ変わった。
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そして出されるようになった目玉の一つがこの豪華フルーツサンド。ナガノパープルとシャインマスカットという2大スターが美しく収まった贅沢な逸品。
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芸術的に美しく、蕩けるように甘い。しかもこの鋭利な断面に惚れ惚れする。
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珈琲だって美味しい。シングルオリジンのエチオピアの浅煎りを頂いた。

 

なんだか私の好みな方向にリニューアルされて高円寺お気に入りカフェランキング上位に躍り出た。

単価も上がり、客も増え、リピートしたくなる店に生まれ変わったように思う。そして店員が血の通った人間というか、客に話しかけてくれるのだ。

 

経営手腕というものを目の当たりにした気がする。応援したくなる転身。

身内を亡くした際の学び 備忘録

 

身内を亡くした際には静かに亡くなった者を偲びたいものだということがわかったので私が死んだ際の葬式は家族葬一択にしたい。私が死んだ場合も家族の死を受け止めるべき期間に残された家族には葬式の準備や弔問客の対応で右往左往してほしくない。亡くなったことをすぐに友人知人に知らせる必要すらないかもしれない。

 

仮に失うことがとてもショックな友人知人がいても亡くなってすぐ駆けつけるのはご家族に負担をかけるだけのように思う。

 

大勢が弔問に押しかけてくることで故人の人徳を感じられる人や、気が紛れて良いという人もいるのかもしれないから人それぞれだろうが。

 

友人知人にはひと月後、二ケ月後の余裕のある日に焼香に来てくれて故人を偲ぶ雑談ができるほうが嬉しい。

 

自分自身に限って言えば葬式は簡素で良いし、葬儀社の一番安いプランで構わない。生前に地縁のない墓地も墓石もいらない。何か価値あるものを一緒に焼いてもらわなくても良い。墓参りも来なくて良い。墓参りに来ないことを寂しいとは思わないだろう。私が亡くなるのが早ければ京都の住職の友人に趣味の山歩きの際にかつて一緒に比叡山野点した場所に適当に遺灰を撒いてもらうのは良いかもな。

 

例えば故人は日本酒が好きだったからといって日本酒を供えるのも私には不要だ。死んでから美味しい酒を供えられるより生前に飲みたい。愛犬が亡くなってから美味しい低温調理した鶏胸肉や梨にマンゴーを供えて正直、虚しかった。一度だってそんな豪華な食事をたっぷりとあげたことはなく、健康のためを思ってドライフードばかり食べさせていた。

 

未練なくやりたいことをやって、充足感と感謝の気持ちで死んでいけるようにしたい。間違っても、あれをやらなかったのが心残り、あいつのせいでこんな目にあったなんて気持ちを抱えて死にたくはない。