親子協作鉢 X フォーカリア「荒波」

息子が成形した植木鉢を削って軽量化し施釉して仕上げた親子競作鉢。

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そこにはフォーカリア「荒波」を植えた。締まった硬い閉じた葉が開く直前の姿は怪物の口さながら。

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白い石がしっくりとこない。葉を引き立たせるには背景は黒の方が良いように思う。これも植込みをしくじった感がある。

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白石が邪魔をしていて鉢も葉も映えない。


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さて、古株となって昨年から元気のない四海波。こんなに枝が伸びているのはもうそれなりの老株なのだろう。少なくとも私の手元で10年を過ごしている。寿命なのだろうか。


砂質の土に植え替えてみたものの、元気を取り戻してくれるだろうか。


歯車鉢 X ユーフォルビア「プセウドカクタス・リットニアーナ

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三枚の歯車が組み合わさった鉢。そこにはユーフォルビア「プセウドカクタス・リットニアーナ」を植え込んでみた。プセウドカクタスが属名のように聞こえて紛らわしいが、カクタス(=サボテン)というわけではなく、多肉植物のユーフォルビア属だから紛らわしい名前だ。

調べると興味深いことにギリシャ語で「Pseudo」=偽りの「Cactus」=サボテンとのことなので、サボテンモドキ、サボテンダマシとでも言うべきか。好意的に解釈すれば最もサボテンらしいユーフォルビア。そもそもが紛らわしいのだ。

プセウドって何か使えそうな言葉だな。覚えておこう。

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分岐した枝を無理やり下から嵌め込んでいるのだが、直情的で堅物でもう少しでポキリと折れるところだった。ユーフォルビア属は茎が折れると乳液のような白い樹液が流れ出る。肌につくと被れてしまうらしい。それが怖くて、バランスよく植え込むことは二の次になってしまった。

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手前三つの歯車の隙間から生えさせたい。今のままではバランスが悪い。複数種類の寄せ植えも考えたが、同じ品種を乱立させたくなった。

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もう少し分岐した枝を肥えさせ、取り外して

枝挿しで隙間に植えていきたい。3年ぐらいかけて希望通りの姿を目指す気の長い付き合いになりそうだ。


根っこをかなり整理してしまったけれども、寒さに弱い傾向のあるユーフォルビア属だが大丈夫だろうか。室内窓際に陣取ってもらおう。

触手鉢 X ユーフォルビア「白樺麒麟」

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植えて直ぐに思った。何か違う。ネット検索しても、この株のように枝が暴れ放題な白樺麒麟は見かけない。

ただでさえ、枝ぶりが騒々しくて煩いのに、これまた触手がうるさい鉢に植えてしまった。

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根腐れしやすいというこの白樺麒麟は水穴の空いていない鉢に3年ほど植っていた。よく根腐れしなかった。いつも根腐れを懸念していた分、水やりが厳しめだったせいでこのような暴れ枝だらけになったのだろうか。そして現在は桃色に目一杯、紅葉している。ピンクなのにカワイイより気持ち悪さが勝ってしまうとは哀れかな。

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ああ、コレジャナイ。案外、直感で組み合わせても気にいることも多いのにこいつはダメだ。気持ちが悪い。鉢と株が気持ち悪さを相乗させている。

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畳の上に置いて撮ってみても、どうにもならない。マンゴー殿も寄ってこない。

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冬の陽光に逆さに撮っても、不似合いが解消されるわけでもない。もう、多肉植物と植木鉢の組み合わせを単に間違えた。それ以上のことはない。


ただでさえ耐寒性が高くない品種だというのに、植える際に根にもダメージを与えているだろうから再度植え替えするのは憚られる。気持ち悪いまま来年秋まで頑張ってもらおうか。


沓型鉢 X ガステリア「ピランシー」

長いこと窯出ししてから部屋の片隅に放置されていたひしゃげた沓型鉢を突如、思い出して引っ張り出してきた。おまえさん、出番が来たぞ、待たせたね。

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この細長い形状はピランシーの形状と幅寸法にちょうど良い。下の空いたスペースから水を注ぎやすいのも良い。


鉢の横筋が入った上部は無釉の焼締め、下部には薄く白マット釉を掛けて酸化焼成している。

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横から見ると、鉢にはそれなりに深さがあって根を伸ばす余地があることがわかる。完全に鉢の縁よりも葉が上になっているので、今後も葉がさらに大きくなっても対応できそうだ。

横から見ても、肉厚ぶりが魅力的なピランシー。どうせなら臥牛のような和名が欲しかった。ガステリア属の名前の由来は胃袋=ガスターのような形の花を咲かせるからだそうだ。そういえばガスター10という胃薬があったっけ。なるほど、胃と牛は連想できなくもない。そういう点では、フォーカリア属に「波」がつく和名が多いようにガステリア属は牛シリーズで揃えて欲しかった。「牛歩」とか「蝸牛」とか「霜降」とか。

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土色の陶肌はなんだかインパクトに欠ける気がしていたが、濃い緑のガステリアと合わせるとなんだか優しい色合いでこれも有りなのではないかと思っている。

なんとなく、ウミウシのような印象。


ガステリアは放置が肝心。気を回して直射日光に当てたり、甲斐甲斐しく水をあげてはいけない。過干渉禁物。放置気味に距離を置いて見守ること。たまに存在を忘れるぐらいに。


冬も屋外で過ごしてもらおう。


陶蟲夏草鉢 X 唐辛子

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唐辛子は陽に当たっても褪色しづらく、窓辺を鮮やかに飾ってくれている。

自画自賛の何物でも無いのだけれども、どこかの店でこの唐辛子のささった陶器鉢が売られていたら、これなら買いたいと思うかもしれないと思った。私の趣味嗜好にど真ん中だ、と。まあ、そういうものを自分で作っているわけだが。


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歩行者用信号のような同じ枝に実った赤と緑の唐辛子。

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信号のように変わっていくのが面白い。黄色に色づき、

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橙色になった。ここから紅くならないで2週間が経過した。収穫すると紅く追熟されないなんていうことはあるのか。


赤と緑のままで止まって欲しかったけれども、それは仕方がない。

ブラッド・スローン

順風満帆のエリート人生を歩んでいた男が飲酒運転で友人を事故死させたところから転落していく様を描く。Shoot Callerという原題がブラッドスローンに変わっているが血の玉座という意味か。


ニコライ・コスター・ワルドーはゲームオブスローンズでもジェイミー・ラニスターという王妃の双子の弟にして万能感に溢れた男が転落していく様を演じていたっけ。


自分の過ちを認めながら、悲しそうな眼差しで、才能を持て余し、根は優しく善良であることを滲ませながら、ひたすら堕ちていく。


本人は全く望んでいないのに、家族を守る為にギャングの玉座に登り詰める。


「全員凶悪」の謳い文句、全員強面マッチョの絵面。トイレに貼りたい迫力。便秘が進むこと間違い無し。

ブラッド・スローン [DVD]

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映画としては良かった。満員御礼、全米が泣く万人ウケする映画ではないが、観てよかった作品。売り方はこれで正しいのかはわからない。



ドラえもん尽くしの三連休。映画「Stand by me2」、漫画三昧、藤子F不二雄ミュージアム

三連休は子供にひたすら尽くしてみた。長男のここ一年で一番好きなものが「ドラえもん」。

そこで土曜日は自転車で街のブックオフに古本の「ドラえもん」漫画単行本を探しにいき、10冊買った。


翌日は朝の8時前に家を出て映画ドラえもん「Stand by me2」をせがまれて観に行く。朝一番の回は半径5mに他の客がいないほどコロナ禍でも安心して観られる空き具合。長編冒険活劇ではなく、大ヒットした3D版のドラえもんじんわりとくるドラマ重視の「泣きドラ」と言われる作品の続編。


しずかちゃんと結婚する直前にのび太は自信を失って婚前逃亡する。そんなのび太が自信を取り戻すまでの過去と未来を行き来するお話。息子が涙を流して鼻をすすっているのを横目に見て、なんだか多幸感に包まれる。


映画を観た後は中野の公園で芝生にシートを敷いて、毛布も持ち込んで4時間も前日に買ったドラえもんの単行本漫画を読みながら合間合間にハンバーガーを食べ、バトミントンをしたり、サッカーをしたり、昼寝をしたり、ゴロゴロと過ごした。のび太的時間の過ごし方とでもいうべきか。最高。

声を上げて笑いながら読む息子を見て、自分の感受性の喪失を実感する。ドラえもんを読んで声をあげて笑える人生の方が楽しいに違いない。この感性を失わずにいて欲しいが、それでは人生は生きづらいものなのだろうか。


最終日はこれまた息子の要望で8時過ぎに家を出て登戸にある藤子F不二雄ミュージアムへ。

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駅に着いて早々、息子のテンションの高いこと。ここにもドラえもん、あそこにもドラえもん

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舞浜がディズニーならば、ささやかながら登戸は全面「ドラえもん」で推す覚悟を見せている。


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壁にキャラクターを貼ってあるだけでも、子供達は大興奮。ディズニーランドに連れて行った時よりもテンションが高い。

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駅からはドラえもんラッピングバスが藤子不二雄ミュージアムまで直通運転している。

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バスのシートまでドラえもんの秘密道具柄だったりして楽しい。停車ボタンはパーマンだ。ドラえもんが好きな人からしたらこういう細やかな演出一つ一つが楽しくなるらしい。

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基本的に展示は撮影不可なので館内の写真はない。

ジブリのように2本立てのショートアニメが上映されていた。

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のび太のモデルは藤子F不二雄先生本人だという逸話がショートアニメでも展示でも語られていた。グズで足も遅く、勉強も出来なくて、泣き虫で甘えん坊。


そんな藤岡弘少年が9歳の時に相棒の我孫子素雄少年と小学校で出会い、やがて30年以上共に漫画を描くことになる。小学生の同級生と人生を賭けた夢に一緒に挑み、長く人生を共にすること自体が稀有だと思う。

私が9歳の頃を共にしていた友人とは誰とも繋がりを保てていない。嗜好や環境もライフステージの変化と共に変わり続ける中で、長らく同じ相手と仕事を共にしていけるのは相手に合わせる柔軟性や包容力、変わらない芯などをお持ちだったからなのではないか。お二人の人格のなせたこと。

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それにしても、ドラえもんにおけるのび太は初期は特にぐうたらで意思薄弱で意気地なしで卑怯で薄情にも描かれる。すぐドラえもんの道具に頼って楽して何かを得たり成し遂げたりしようとする。そしてしっぺ返しに会うことの繰り返し。それが滑稽で笑えて愛嬌があって立派でないところに親近感を持てたりする。

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それがいつからか、特に長編ドラえもんでは「人の不幸を悲しみ、幸せを喜べる優しさ」を持っているというその一点でのび太が全肯定されてしまうようになっていく。そこに少しばかりの気持ち悪さも感じる。あのぐうたらも卑怯さも、狡さも、セコさも、辛抱の無さも、優しさで帳消しにされて肯定されてしまうのか。優しさ至上主義と言ったら言い過ぎか。なんなら、しずかちゃんとの結婚は優しさへのご褒美であり、しずかちゃんはトロフィーワイフと化してやいないか。


長編ドラえもんでは、意地悪のいじめっ子ジャイアンが頼りになる男気溢れた友人に変わったり、普段見せない姿を見せる舞台と割り切っている。のび太のび太らしくなくても、いわゆる年に数度の大反省の日みたいなもんで、たまに頑張る日ぐらいに捉えている。

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藤子F不二雄先生もとっくの昔に亡くなっているのにドラえもん作品は作り続けられる。頼むから、優しさこそ善みたいな薄っぺらい道徳の押し付け、狙って泣かせる商業主義に走らんでくれよ、とも思う。


狡くて怠惰で勉強も運動も苦手な少年の懲りないのび太の毎日に、自分ののび太的側面で同調し、なんだかダメなままでも受け入れられ包まれているような温かみを感じられる。それがドラえもんの魅力だと思っていた。他のことはダメでも一番優しいではなく、みんなダメで優しくもなれないけれども、そんなのび太でもやっていける世界を守り、のび太のような私たちの居場所を残してほしい。


しずかちゃんと結婚するのも不可思議な謎のままで良いのに、「のび太が誰よりも優しい人だから」みたいな理由づけは要らない。

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弱虫が努力してやがては最強になるようなジャンプ漫画はそれはそれで沢山あっても構わない。ダメダメなままの主人公がドラえもんにおけるのび太の魅力なのに、勝手に成長物語にしてもらいたくない。

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優しくすらなれなくても、どんなにダメ人間でも、いいんだよ、というのがドラえもん作品の包容力ではなかったのか。人に優しくすることがどんなに難しいことか。

スポーツを頑張るよりも、勉強を頑張ることよりも、人への優しさが絶対価値として突きつけられるなんて、仮に正論だとしても息苦しすぎる。


フランスでのイスラモフォビアを見ても、アメリカでの分断を見ても、日本でのマイノリティの扱いや格差問題を見ても、ミクロレベルでの優しさの欠如の集積結果と言えなくもない。人はそんなに優しさを持ち合わせていない、持とうと望んでもそのように振る舞えないことも多いと思っている。


のび太が「世界の誰よりも優しい」だなんて、のび太に親近感を抱かせた後に絶望的に突き放す設定ではなかろうか。

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漫画コーナーで子供達が1時間近く漫画を読んでいる間に、そんなことを考えていた。

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お土産はどら焼き。最近はカスタード入りだの求肥入りだの一捻りしたどら焼きが増えているが、やはりシンプルに餡子のどら焼きが良い。マンゴー殿に齧られるところだった。危機一髪。

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