大団子蟲鉢 X クラッスラ「玉稚児」

コロナ禍で陶芸工房が閉鎖されているので新しい作品が何も出来上がらない。結局、5月一杯は工房は閉鎖の見込みだそうだ。そうなると新しい陶器鉢に新しく多肉植物を植え込むこともできなくてつまらない。

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ブログに記録していないように思う鉢を取り上げておこうと思う。暇だし。

巨大団子蟲陶鉢。この鉢は団子蟲らしく燻し黒に仕上げた。植え込んだクラッスラ「玉稚児」も半年ほど経ってだいぶ根付いた様子。

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玉稚児が脇芽を無数に吹いている。

団子蟲界の空也上人像だと思っている。六波羅蜜寺収蔵の口から6体の阿弥陀仏が連なってるあれだ。

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ううむ。若干アンバランスだな。多肉植物は樹形を思うように管理しきれないのがもどかしくも楽しくもある。団子蟲なのに頭部を反らす表現を試みたもんだから、多肉植物はもっと上に向かって伸びていって欲しいのだよな。

もっとヒョロヒョロと長く伸びる草を生やした方が楽なのだけれども、あえて多肉植物に拘りたい。

 

このサイズと陶肌の蝉の幼虫も作ってみたいが、既に作ってみたいものリストが溜まってしまっている。次は何を作ろうか。工房閉鎖前の作りかけを廃棄して再生するところから始めないといけないのか。億劫。

水槽をリセット

ブログで拝見している愛好家の水槽はどれも素晴らしく、水草が青々と茂っていて羨ましい。私のといえば恥ずかしいぐらいに放置気味でガラス面がいつのまにか緑の苔で覆われてしまっていたので思い立ってリセットした。

カルキ抜きした水を張ったバケツに魚達を疎開させ、水を全部出してスクレーパーでゴシゴシと手が攣りそうになりながら削り落とした。

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水道水を入れ直し、2日ほどカルキ抜きして魚を戻した。透明な水槽の姿が無事に戻った。この城の緑と同様の苔がガラス面全体にはびこっていたのだから酷いものだ。なんだか微生物がたくさん住み着いていそうなので苔生した緑色の城はそのままにした。表面が多孔質になる溶岩釉の特性が活きたように思う。

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水面を仰ぎ見る角度から眺めるのが好きだ。水面が鏡面世界を作り、魚が倍量泳いでいるようにも見える。

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1年以上かけて緑の苔が生えたこともあって鬱蒼とした海底遺跡のようになった。この雰囲気、悪くないかもしれない。

こうなると90cm水槽にサイズアップさせて、海中都市を設計して作り込みたい。イエメンのサナア旧市街の世界最古の摩天楼都市を海中に再現したい。私が憧れてやまない街だ。長らく続く内戦でもう20年近く危険度のとても高い地域となってしまっている。

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宗教間の諍いのない世界、自由に遺跡を訪れることのできる世界に戻る事を願ってモニュメント的なものを作りたい。水没した街並みを縫うようにメダカが泳ぎ、ときおり緋泥鰌がニョロニョロと体をくねらせて建物を出入りする。


しかしそうなると水槽2つの管理は手に余る。こちらの水槽は中の城ごと売れないだろうか。海底遺跡好きとか、ピンポイントでこういうものが欲しい人がいたりしないものだろうか。単なる中古品として二束三文で処分するのは悲しいので価値を見出してそれなりの値段で引き取ってくれる人がいれば嬉しいのだがな。

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疎開させる際に網で掬うことができず最後は手掴みしてしまった緋泥鰌。それ以来、警戒を解いてくれず城の中に篭りっぱなしの水槽の主。

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多肉植物水耕栽培も組み合わせたい要素。


青メダカ 5匹

ヒメダカ 3匹

ヒレ 2匹

泥鰌 1匹

60cm水槽ならば20匹ぐらいまでは問題なく飼えるらしいが、フィルターをつけていないので10匹に留めている。3年近く飼育しているがまだ死んだメダカは1匹もいないのだがメダカはそんなに長生きするのだっけ。


毎週末に1/3〜1/2ほど換水。

加温、エアレーションなし。


続 調度品や陳列物が見ていて飽きない、予想外に食事も美味しい「Chamber Of Raven」

 

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この館でしいて一番、ハリボテ感があるものは何かと言われたらこの人魚の像かもしれない。それでもそんなに安っぽい感じはしない。発泡スチロールで作られていて細部が欠けたり塗装が剥げたりなんてことは一切ないので、全体のレベルの高さがわかる。人工大理石だったら完璧なのだろうがお値段が酷いことになるだろう。

それにしても紐もなくバストトップに付いている貝はニップレスみたいな位置付けなんだろうか。人魚の側に立って考えてみると胸を隠すような羞恥心があるとは考えにくく、人魚からしてみたら泳ぐにも邪魔だし絶対要らないと思う。ちなみに人魚ってやつはやはり生臭いのだろうか。

 

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鹿の剥製があれば鹿の骨格標本があるように、人魚の像に呼応するかのように人魚の骨格標本を置くところにユーモアを感じる。上半身の背骨から腰骨を通じて下半身の脊椎が繋がっていないが、人魚の骨は実際はどうなっているべきものなのだろうか。腰骨は要らないように思うけれども無いと岩場に腰掛けるなような体勢は取れないかもしれない。

人魚と聞くと上半身は美しい女性だと思い込みがちだが、男もいるはず。この人魚の骨は腰骨の少しすぼみがちな形状からして男性ということはなかろうか。人魚と聞くと女性、半魚人と聞くと男性を想像してしまうのは何故だろう。

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鋭い眼光そのままの猛禽類の剥製。繰り返してしつこいが、剥製にも質というものはあって昔のものなんかは技術も義眼の質も低い。ここの剥製はこれなら自分の家にも置きたいと思えるようなものばかり。

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私が倒されたのは渋い皮ソファのカップルシート席。無論、おひとり様だが。

 

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二階建ての各部屋に1組づつという贅沢な空間の使い方で同じ時間帯には合計4組しかいなかった。そのうち1組は私1人だ。かつ、背丈ほどもあるパーティションで遮られているので安心感は強い。コロナなど気にせずに存分に世界観に浸って欲しいとの強いメッセージを感じる。

 

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ジブリミュージアムやディズニーランドがそれなりに高い入場料を取った上で中の食事の値段も高いことを思えば、2000円の食事に2時間の席料と入園料2000円を払っていると思えば十分理解のできる値段。1部屋に1組しか客を入れず、他の客に迷惑にならない範囲で好きなだけ調度品を観察したり写真を撮れたりするのどから。

 

大抵、こういうコンセプトカフェは食事がおざなりになるが、味も美味しかった。コースでしっかりとした肉料理を頼んでもよかった。

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飲物もエリクサーという名前でゴテゴテしいボトルに入っているのだが美味しいカシスジュースだった。新鮮なローズマリー、ミントとオレンジスライスの入ったグラスに注いで飲む。

 

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本棚には岩波書店の海底2万海里が置かれていた。まさにそんな世界観。

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甲殻類の標本は経年劣化すると白化してボロボロになりがちなのだけれども、最近の標本技術ではこれだけ甲殻の色が残るのだろうか。ヤシガニは貴重。

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奥には本棚があって、この世界観に沿った写真集や美術書、小説などが並ぶ。30分近くはそれらを眺めて過ごした。

 

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おいおい。コモドドラゴンの標本か。凄いものがさりげなくあるな。

 

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爪の鋭さがえげつない。牙には失血によるショック死を引き起こす強力な毒があるらしい。

 

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売店もあって様々なグッズも売られている。読みづらいがWitch's Tea、魔女の紅茶と書かれている。

 

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1人席は現在はコロナ禍では使われていない。もともと備え付けの木製のパーティションもあるし、もっと客を詰め込むこともできるのだろうに、1部屋に1組でかつ背丈もあるパーティションで囲う念の入れよう。

 

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鉱物標本。

 

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小道具がどれも魅力的。

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帰る際にはこの木製の分厚い扉を開いて帰っていくことになる。これだけでもおいくらするのでしょう。

 

設計者の底なしの造詣とこだわりに溢れたカフェレストランだった。また来たい。

 

叶うことならば私だったら「多肉」「陶器」「和様式」で構成した高密度な空間を作りたい。事業登録して自分の欲しい多肉や陶器で空間を作り、それを内装・設備投資の減価償却費としてすべからく計上してしまいたい。なかなか手の届かない巨大な古株の多肉植物やサボテンを派手に飾りたい。利益が上がる分だけさらに什器や装飾に投資していく正の循環。ダメかね。

 

続 偶蹄類の剥製の館「Chamber of Raven」

私にとって、ここ「Chamber Of Raven」がとりわけとても魅力的なのは鹿や牛の類の剥製が沢山あること。しかも質の高いヤツが揃い踏み。それが博物館のように陳列されているのではなく、インテリアの一部としてレイアウトされている点。

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カーテンの色を通して青味がかった部屋。

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アフリカアンテロープだろうか。

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こちらは見慣れた日本鹿。下の銅管ランプも素晴らしい。スチームパンク好きにはぐいぐい刺さる仕様。きちんと圧力メーターまで付いているのでその道の要所はしっかり押さえている。

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鹿というやつは愛嬌のある顔をしている。なんだかほんのり笑顔というか。農家にとってはこの愛嬌で農作物を荒らされるのだから困りものだけれども。そして鹿肉は美味い。

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宿のカウンターのよう。昔はこんな感じに番頭の後ろに鍵が吊るされていたりしたものだ。

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窓辺に置かれていたチェスの駒。いちいち、上等で見応えがあるのだよな。そして置き方も工夫がある。

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私が厨二病真っ盛りだった頃には憧れていただろう一品。

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出た、鹿の頭骨。下顎もあるとゴツさが出るが、口角を上げて笑っているようにも見える。私はいつか、鹿撃ちツアーに参加して解体からお肉をありがたく頂くところから、漂白して骨格標本を作るところまでをしてみたいと強く願っている。

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深紅の壁紙に黒いドア、そして鹿の頭骨。絵になる。角に黒い卵を吊るしているのはイースターだからだという。全くイースター文化圏にいないので意識していなかった。

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これはヌーだろうか。


トロフィーハンティングでアフリカなどの野生種を狩猟したものの剥製を金に任せて購入するのが非倫理的で現代では許容されないことはわかっている。少しぐらい、自分は例外に、と世界中で誰かが思うことが自然資源の乱獲に繋がることも理解している。しかし本物の剥製を見ると素晴らしいと思ってしまう気持ちはどうしようもない。

個体数が減らない範囲で管理下で狩猟され、博物館や人が多く目にする場所で展示され、このような素晴らしい生き物がまだこの世にはいて保護されるべきことを伝える役目を負うのはありなのではないか。


毎年45万頭以上も国内で駆除され産廃処理されてしまっている日本鹿を有り難く利用させてもらう分には構わないのではないかと思っている。死体を飾るのは蛮族的悪趣味なのかも知れないが。

博物趣味、ゴシック、スチームパンクな世界観にどハマりな荻窪のカフェ「Chamber of Raven」

荻窪は印象に乏しい街だと感じていた。中野、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪、吉祥寺それぞれの個性に比べると特徴がつかめにくいし名所に乏しい。その印象は総合的には変わらないのだけれども、荻窪には何があるかと聞かれれば太田黒公園とこの「Chamber Of Raven」、教会通り、杉並アニメーションミュージアムが頭に浮かぶ。この「Chamber Of Raven」は荻窪を代表する名所認定してしまってよいかと思う。

これらに興味があって、コロナに万全の配慮がされていて安心して食事できるカフェレストランを求めている人には最適。

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 外観からして店舗建築なのだろうか。それとも転用できそうな洋館を大がかりにリフォームしたのだろうか。

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完全予約制。大きな両開きの扉を開けて入ると世界が変わる。ここまで作り込んでいるとは驚嘆。ハリボテ感を感じさせない濃密度空間。

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流石にレプリカだろうが、こんな巨大な骨格標本が階段ホールに鎮座する。東京駅前の東京大学博物館インターメディアテクに通じる雰囲気。

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 階段には様々な絵画がかけられている。

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 白梟の剥製が階段から張り出した止まり木に鎮座。顔を傾げ、躍動感のある生々しい剥製。剥製は埃を被ってカビたような残念なものが多いが、ここの剥製は質が高い。

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 本棚に止まる印度孔雀。光沢ある羽根模様が煌めく計算された照明設定。高架の書棚にかける梯子も角に鉄飾りが嵌っていたりと細部まで手が込んでいる。

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 天井の装飾まで抜かりがなく、博物蒐集趣味のある貴族の館のよう。

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 ユニコーンの木馬。少しコンセプトに外れていても、アンティークとして調和して溶け込んでいる。

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 映画を観たことも本を読んだこともないのだけれどもハリーポッターの世界はこんな感じだろうか。私にとってはナルニア国物語であり、ジュールベルヌの世界。

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 チェックのタイルが良い。ヘリンボーンの木床なんかにしてしまいそうだが、暗く成りすぎるのでこの白黒チェックがバランスが良く感じる。あくまでカフェレストランなので飲み物をこぼしてしまったりすることを想定するとタイルの方が機能的だ。

 

卓越した先達がその深い造詣の世界に案内してくれるような店。


 https://www.raven2015.com/

完全予約2時間制

12:00〜19:00 (コロナ期間中の変則か)

 

 

 

荻窪 紅葉と日本庭園の大田黒公園

門からの並木のアプローチが美しい

紅葉の大木が見事

樹肌が苔生した古木がたくさん

正統派な和のしつらい

大田黒邸リビングの壁紙が秀逸

池の錦鯉が立派

錦鯉への餌遣りが楽しい

入場無料


荻窪にこんなに癒される公園があったとは。

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和風な立派な門を抜けると

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新緑とはこれだと言わんばかりの清涼な銀杏並木。銀杏の新緑はこんなに爽やかだっただろうか。

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竹林が綺麗に維持されており、おそらくその竹を用いて柵などが更新されている。

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管理の楽なプラスチック製が使われてしまいがちだけれども天然素材製はやはり良い。京都に住んでいた頃には散歩先にこんな光景が溢れていたのだよな。子供が巣立ったらまた住んでみたい気持ちはある。

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大田黒邸のリビングのまるで金箔、銀箔を押したかのような壁紙。薄暗い中で鈍色に輝いて秀逸だ。これと同じ壁紙を自宅のどこかに採用したい。

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暖色で撮ってみると黄金感が増す。

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どこのメーカーのなんて型番だろう。

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スピーカーからクラシック音楽が流れている。大田黒氏は著名なピアニストであったらしい。しかし門から家屋まで立派な並木道を通るような広大な敷地はピアニストとしての財では築けない。経歴を見ると父は芝浦製作所、つまり東芝の前身会社の経営を立て直した実業家である大田黒重五郎だそうだ。重五郎氐と学友であり親友でもあった二葉亭四迷の「浮雲」は重五郎氏をモデルにしているそうな。

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広大な日本庭園、茶室、池。42年前に亡くなった大田黒氏の私邸と敷地をほぼ現存保全しているそうな。これだけのものはやはり実業家の父の遺産に負うところが大きいのか。

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苔生した古木。これがイロハモミジだとは俄かに信じ難い。樹齢100年やそこらではこの太さにはならないので、どこかから移植されたものなのか。

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水面に映る紅葉も美しい。

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松の樹肌の美しさたるや。緑青を吹いているような藻苔類。緑青銅釉を使ってこんな風合いを再現してみたい。

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桜の古木だと思うのだが、どのようにしたらここまで苔が生してかつ、住宅街の中の公園なのに維持できるのだろうか。

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柑橘類に竹の柵。どこを向いても写真映えする風流な光景を見つけることができる。写真散歩に好材料な公園。

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日本庭園の池も立派なのだよな。紅葉の下を泳ぐ錦鯉。

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しかも錦鯉の色が多彩で見事。新潟から贈られたものであるらしい。

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一袋100円で鯉の餌が売られている。過食にならないように数量は限られているので餌は午前中でないと売り切れてしまう。必死にパクパクとせがむ姿が愛嬌があってあっという間に30分経っているぐらい地味に餌遣りが楽しいのだが、こんなに立派な錦鯉に餌付けできることもそうはあるまい。

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暗いところで見ると、キラキラと雲母のように輝く。


ドビュッシーを始め数多くの作曲家を日本に紹介した西洋音楽の大家であるそうな。この素晴らしい日本庭園と洋館を訪れて始めて大田黒元雄という人を知った。地位と名声の理想的な後世への残し方だと思う。


立派な巨木紅葉が紅く染まる秋にまた来たい。


思索。適度な諦観は「成熟」に思えてしまう。

自分の周囲の物事が正常に機能して当然だと期待をしすぎると不満が溜まる。電車が時間通りに来たら流石だな、と感心するぐらいでいるのが良いのだろう。


残念ながら世の中には天才的で万能な人はそうはおらず、福島原発はお手上げで汚染水は流さざるを得ない始末だし、他国では圧倒的なスピードで進んでいるにも関わらずワクチン接種は進まないし、こんな状況でもオリンピックは決行される前提で予算は積み上げられ続けている。もっと卑近なことならばなおさら不完全で不条理なことだらけ。時には善意に燃え、時には保身に走る、不完全で「良い人達」「普通な人達」が為すことに完璧はありえない。自分がすることの不完全さを棚に上げてはいけない。過度な期待もしないように、その一方ではそれでも少しづつ世の中は良い方向に進んでいることも忘れずに。


能力主義は能力の高低で差別が許される世界。階級、人種、性別、性的嗜好、容姿を始めあらゆる差別は無くなるべきという人達も能力差別は肯定しているというのは鋭い指摘だと思った。私が目にするのも「能力が高い」とされている側の人たちが「能力が低い」とされている側の人を切り捨てながら業績を改善し、それでもって評価を高めてさらなる報酬を得て行くこと。自分も受益者側に乗っかろうと努めていることになる。


「会社」なんて人はいない。「言われた通りにやっただけなのに」などと文句を言っても、その時に指示を出した人が異動なり転職していたら、誰も約束は果たしてなどくれない。責任を追及したい対象者すら「上から言われた通りにやっていただけ」な可能性が高い。指示に従うかどうかも含めて決定権は自分にあるし、指示に従うべきでない時に組織に縋り付かずに済むよう、いつでも転職できる人材市場での競争力や自活するアテは確保すべき。


役職が上の人間が品性や人格の上で優れているなどと思う必要はない。そうでない例は腐るほど見てきた。そして部下や若手からそう思われることも期待すべきでもない。ただ、それをお互いに露骨に表に出さずに上手くやるべきなのはそうなのだろう。立ち振る舞いの賢さと言うやつだ。この点で私は愚かさを指摘されることが多い。

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同僚は友人でないし、会社と従業員は家族ではない。「でもそう言ってたじゃないか」「あれは嘘なのか」。いや、建前か、支障のない時の「ごっこ遊び」だろう。本気にしてはいけないし、例外を期待値の基準に据えると不幸なことになる。


ある種の諦観と冷めた態度で折り合いをつけて日々を送ることが、「怒れる中年」に陥らずに済み、かつ周囲から見たら「冷静で温和で頼りになる人」だったりする。「周囲に期待しない人」が「他人のせいにしない人」に近い。

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過剰な依存、過剰な期待を避けるということは自立すること、自律することなのかもしれないとも思った今日この頃。