思索

酷い転職進路判断ミス

世の中にもっとお役に立てる仕事をしたいと願っただけなんだがな。ガラにもなく週6で、夜遅くまで連日、自分なりに上手くいく道を模索しながら働いてきた。 しかしどうやら酷い転職判断ミスをしたらしい。詳細は割愛する。 身の危険というか、心の危険を感じ…

身内を亡くした際の学び 備忘録

身内を亡くした際には静かに亡くなった者を偲びたいものだということがわかったので私が死んだ際の葬式は家族葬一択にしたい。私が死んだ場合も家族の死を受け止めるべき期間に残された家族には葬式の準備や弔問客の対応で右往左往してほしくない。亡くなっ…

マンゴーDay1とLast Day

マンゴーと初めて会った14年前の日の写真が出てきた。ブリーダーさんの家で撮影したものだ。どちらがマンゴーか分からん。兄弟はどこで生きているのか、まだ生きているのか。 私のフィリピン駐在に妻が仕事を辞めてついてきてくれた。結婚した。しかし私はフ…

大事なことを間違えることへの不安

映画、小説や漫画でとある人物が最愛の母や子と自宅のベッドにミイラ化したまま一緒に暮らしており、図らずも来訪した人が「もう死んでるじゃない」と絶句するような猟奇的なシーンがある。 正気を失った猟奇的な人として描かれるが、今にして思うと気持ちは…

マンゴー殿急逝

備忘録として最愛のマンゴー殿との最期の数日を記録しておく。 9月13日。朝から我が家の愛犬、マンゴー殿の呼吸が荒かった。心配になったので妻に動物病院に連れて行ってもらった。 重度の肺炎で肺癌の可能性もあるとのこと。おそらくもう少し前から兆候はあ…

銀座のオーストラリア風カフェMEToA cafe&kitchen

オーストラリア風カフェ&キッチンMEToA という銀座の街角のカフェで夕食をとった。カップルと女子客しかいないが勇気を出しておっさん1人。 注文はQRコードを読み込んでスマホから注文する。ガラケーの客は銀座にはいないのだ。 小さなバーガー3つセットで16…

高円寺の蓮寺「長善寺」で蓮葉の美枯に出会う

高円寺で一番の蓮寺と聞かれて思い浮かべるのはここ「長善寺」。 もう盛りは過ぎてしまって蜂巣になっている鉢が多かったけれどもいくつか美麗な花を拝めた。 墓地の裏手に回ると蔵の壁に見事な鳳凰の鏝絵。その下に蓮が咲き乱れていたらさぞかし美しい光景…

鹿猟に想うこと

。 それはそれは美しい5月中旬の牡鹿半島で鹿狩りに同行させてもらったのだった。 プロットハウンドという猟犬。和犬の猟犬よりも数倍の距離を走り回り、野太い声で吠える。家で飼うには声が大きすぎるが狩に出るとよく響く吠え声の有り難みを後で知ることに…

競争心とモヤモヤと

認めたくない事実として、自分のこれまでの人生には競争が染み付いているのだと思う。 私は自分自身をバランス派だと思っていたし、野心に溢れて大きな役職や仕事を取りに行く人達とは遠い人間だと思っていた。趣味や家庭を重視していると思っていた。ノルマ…

無職期間を終えて感じた諸々。

働き方は自分が頭の中で決めつけていた以上に自由だ。 居場所は欲しい。社会的帰属がないのは寂しい。 消費だけで労働や生産が伴わないと消費もつまらなくなってくる。 世の中は広く、私にとって未知の魅力的なことがまだまだ沢山ある。ウクライナ情勢にどん…

石巻 再訪 東日本大震災津波伝承館と震災遺構

奥州平泉では藤原家四代の栄華よりもそれが滅びた跡の寂しさを強く感じたし、石巻といえば東日本大震災で津波からの被害を最も被った地だ。廃鶏を潰して「命をいただく」食育のイベントも目の前で野生の命を奪う鹿猟もあった。今回の東北の旅は死にまつわる…

廃鶏を屠殺して命をいただく。負荷の不可視化を考える。

石巻で食育のイベントに参加させてもらった。 玉子を産む数が減ってきた鶏は生産性の低下を理由に廃棄され若い雌に入れ替えられる。「玉子を産まないメスに価値は無い」と声に出すこともなく黙々と処分される。 鶏たちは狭い鶏舎に歩くこともままならない空…

花の散るらむ

40代になり、ぼんやりと終わりが見えて来た気がする。定年を迎えた上司やそれに近い人たちを見て、新入社員よりも私はそちら側にいると自覚し始めた。ああ、ああやって勤め人を終えるのだな、と。 何のためにスキルアップするのか。スキルアップが目的化して…

最近笑えたパワーフレーズ

非友好国にはルーブル払い

ウクライナ友人の無事をせつに願う

キエフと記憶していたウクライナの首都名が最近では新聞などでキーウと表記されている。ロシア語読みのキエフではなくウクライナ語読みのキーウで呼ぶべきとの配慮らしい。 かつて20歳前後の私はルーマニアで働いており、ハンガリー、スロバキア、ポーランド…

専門性を磨けずにきたことを自覚するから大型書店に息が詰まるようになってきた

大きな本屋に行くと昔は心が躍った。ありとあらゆる分野、方向性に向かって専門性が枝葉を伸ばし、進化し続けていることが感じられたし世の中の飽きることのない広がりを感じられた。本屋は知識や技能を得る場所だった。 ここ最近、本屋に行って専門書の棚が…

励まされる名言

「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる。ずっとずうっと、下の下のほうに」 日本の伝説的な映画監督の言葉だそうだ。 9年前、子供が産まれた後にベトナム出張で買って帰った龍の縫いぐるみ。長いこと存在を忘れていたものが押入れを整理したら…

クソな時代を生きていく為のスキル

GAFAだのVUCAだの頭文字を繋げた造語の好きなアメリカ。CRAPというのもあるらしい。ちなみに私はFIREがしたい。Financial Independence, Retire Earlyの略で経済的自立による早期リタイアだ。 CRAP=クソな時代を生き抜くスキル Creativity = 想像力 Resilien…

岡本太郎記念館

おそらく、最も敬愛し尊敬している芸術家の1人が岡本太郎。その記念館に今まで足が向かわなかったが、ふと行く気になった。岡本太郎が幼少期から過ごした旧家跡地であり、戦災で消失後は40年以上住むことになったアトリエを建てた地。 岡本太郎は小柄な人で…

2022年の抱負。やりたいことは老後までとっておかないことにした

達成率の低い、欲望過多の毎年恒例の新年の抱負を懲りずに書く。 なんだか、やりたいことをやらないまま人生は終わりそうな気がした。定年後に楽しみを取っておいても、あれこれを楽しめる素地がなければ案外60歳過ぎになっていざ初めて取り組んでも、夢想し…

ブログの意義と人とのつながり

私はこのブログは顔も名前も素性も隠して、自分の興味のあることを一方的に書いている。仕事に関することは書かないようにしている。 元々はフィリピン駐在中に私の勤めるオフィスで私はフィリピン人200人強の中ではただ1人の日本人状態で妻が数ヶ月後に来て…

村おこしが目覚ましい小菅村

今回泊まった竪穴式住居のあるキャンプ場のある山梨県小菅村は実は以前から注目していて来たかった村でもある。 本格的フィンランド式サウナの後に水風呂がわりに川に飛び込める 温泉で温まった後に快適に漫画を何時間も読んで過ごせる 研ぎ澄まされた洗練さ…

「豊かさ」とは「自由の拡大」である

久恒 啓一さんという大学教授が豊かさとは何かを独自の解釈を示されていた。「豊かさ」とは「自由の拡大」であると。人生とは、肉体的自由(カラダ)を土台に、経済的自由(カネ)と時間的自由(ヒマ)を得て、最終的に精神的自由(ココロ)を求める旅である…

R座読書館と岡本太郎の見透かし

久しぶりに来ると改めていいなと思うR座読書館。高円寺にある私語禁止の静かに一人で過ごすカフェ。この珈琲カップとソーサーは初めて見た。ざっくり作られているようで、肉厚で安定感もある。いいな、これ。日本酒を飲むのにも使えそう。そもそも、ワイング…

自己分析-心理学「補償の防衛機制」

「補償の防衛機制」。心理学用語。何かがうまくいっていない劣等感や不快感を他の何かで補うことによって自我の崩壊を防ごうとする防衛心理。たぶん、人生において今のところ私は仕事に失敗しているとまでは言わないが成功はしていない。自分の仕事キャリア…

夜と霧

第二次世界大戦で絶滅収容所に送られるも生き延びたユダヤ人心理学者ヴィクトル・E・フランクルの体験記。 特徴としてはその他多くの収容所体験の回顧録と違い、収容所送りにされた時、収容所生活、終戦に伴う開放時の自分自身や周囲の人の心理分析や考察を…

思い出の30年前のキャンプグッズ

週末のキャンプに向けて実家から要らないと待たされたあれこれを見ていたら使えそうな飯盒を見つけた。晩御飯に米を炊いて、朝食は焼きおにぎりかな。こんなのも見つけた。クッカー。もう30年ぐらい経って錆が湧いていて、そのまま調理に使うのは躊躇われる…

惰性エントリー わくわくする新しい試みが必要

書くことがない。たまに過去5年前、10年前に自分が書いたことを見返すことがあるのだが昔のほうが今よりもあれこれ考えていたように思うことも多い。 年を重ね、経験を積み、色々なことに対する既視感が増え、多少の困難もこうなるだろう、落としどころはこ…

「竜とそばかすの姫」と実名で何かを表現することについて

子供達を連れて朝8時の回で細田守監督の「竜とそばかすの姫」を観てきた。この映画の中身に対して事前情報が無かった。単にカンヌで上映され14分間のスタンディングオーべーションが起きたというニュースを見て、子供を家から連れ出して外で時間を潰さないと…

スコセッシによる遠藤周作「沈黙」

キリスト教は火縄銃と共に日本にもたらされたというのが象徴的に思える。厄災とより大きな厄災か、厄災と希望だったのか。 映画で提起される問いのひとつ。なぜ多くの国でキリスト教は迫害を受けながらも普及したのに対して日本では根付かなかったのか。 日…