身内を亡くした際の学び 備忘録

 

身内を亡くした際には静かに亡くなった者を偲びたいものだということがわかったので私が死んだ際の葬式は家族葬一択にしたい。私が死んだ場合も家族の死を受け止めるべき期間に残された家族には葬式の準備や弔問客の対応で右往左往してほしくない。亡くなったことをすぐに友人知人に知らせる必要すらないかもしれない。

 

仮に失うことがとてもショックな友人知人がいても亡くなってすぐ駆けつけるのはご家族に負担をかけるだけのように思う。

 

大勢が弔問に押しかけてくることで故人の人徳を感じられる人や、気が紛れて良いという人もいるのかもしれないから人それぞれだろうが。

 

友人知人にはひと月後、二ケ月後の余裕のある日に焼香に来てくれて故人を偲ぶ雑談ができるほうが嬉しい。

 

自分自身に限って言えば葬式は簡素で良いし、葬儀社の一番安いプランで構わない。生前に地縁のない墓地も墓石もいらない。何か価値あるものを一緒に焼いてもらわなくても良い。墓参りも来なくて良い。墓参りに来ないことを寂しいとは思わないだろう。私が亡くなるのが早ければ京都の住職の友人に趣味の山歩きの際にかつて一緒に比叡山野点した場所に適当に遺灰を撒いてもらうのは良いかもな。

 

例えば故人は日本酒が好きだったからといって日本酒を供えるのも私には不要だ。死んでから美味しい酒を供えられるより生前に飲みたい。愛犬が亡くなってから美味しい低温調理した鶏胸肉や梨にマンゴーを供えて正直、虚しかった。一度だってそんな豪華な食事をたっぷりとあげたことはなく、健康のためを思ってドライフードばかり食べさせていた。

 

未練なくやりたいことをやって、充足感と感謝の気持ちで死んでいけるようにしたい。間違っても、あれをやらなかったのが心残り、あいつのせいでこんな目にあったなんて気持ちを抱えて死にたくはない。