冒険家の魔の43歳

植村直己が行方不明になったのは四十三歳になった直後であり、河野兵市も四十三歳となったその約一カ月後に亡くなった。

ヨーロッパアルプス三大北壁冬季単独登頂で有名な長谷川恒男がパキスタンのウルタルII峰で消息をたったのも四十三歳、写真家の星野道夫カムチャッカ半島で熊におそわれたのも四十三歳、最近でいえばカメット南東壁を初登攀はつとうはんし、女性として世界で初めてピオレドール賞を受賞した谷口けいも四十三歳で北海道黒岳で滑落死した。」

 

「人間、ひとつの物事に打ちこみ四十を過ぎると、経験値があがって様々なことを想像できるようになるため、若い頃には考えられなかった、自分だけの壮大な計画を思いつくことができるようになる。」

 

「今は身体がまだ動くので、なんとかなりそうだ。なら、身体が動くのこり少ないわずかな時間をつかって、この固有度の高い思いつきを実行しなければならない。なにしろ思いついてしまったのだ。思いついてそれをやらなければ、私の人生はそれを思いついたのにやらなかった人生に頽落し、布団のうえで死ぬときにかならず、嗚呼ああオレはあれをやらなかった……と後悔することになる。」

 

私は別に肉体的負荷の大きい冒険に踏み出すわけでもないけれども、業界もこれまで培ってきたスキルも大きく異なる分野に転職したので不安で仕方がない。中年の危機に起因する蛮勇だったのか、一時の気の迷いだったのかという疑念がちょくちょくもたげる。

 

 

「経験値が増して世界が大きくなると、その外側にある未知の領域のこともなんとなく予測できるようになり、いわば疑似既知化できる。予測可能領域がひろがり、本当は未知なのに、なんだか既知の内側にとりこんでしまっているような感覚になり、それなら対応可能だろう、と思えてくるのだ。」

 

「四十三歳が近づき、気がついたことがひとつある。それは、この時期を家でまったりやりすごすことはありえないということだ。実際にその年齢にさしかかると、危ない時期だとわかっていてもやるしかないのである。なぜか?それは焦燥感が生まれるからだ。

私は自分がその年齢になるまで、この焦燥感についてまったく想像できていなかった。」