めんどくさい制作者心情の話

モノを作って売っている者としての備忘録

 

作品を発表して売り始めたのは日常生活を送っていても蟲好き、多肉植物好き、粘菌好き、陶器好きに滅多に会わないから。自分の作品を売りたいわけでも換金したいわけでもなく、自分の好みを反映した創作物を買うぐらいに興味関心の合う人と出会いたいから。

コンテストや陶芸展に出すことを勧められることもあるけれどもそういうものに気が向かないのは、蟲や粘菌に興味がなさそうな人に褒められても興味がないから安易に褒めれるのだろうなと思ってしまうから。同様に酷評されても私が好きなものに価値を見出していない人に何を言われても響かなそうだから。

蟲や粘菌好きな人に批評されたい。「クワガタの魅力はふわふわと動くあの触覚だと思うのにそこを簡素化してしまってて残念です」だとか「ルリホコリが良い良い言ってる割にはいつ失敗を重ねる覚悟で釉薬調合し始めるんですか?市販の釉薬に発泡剤や発色剤を微量混ぜて使ってるうちはあの色は出せないのわかってますよね」みたいな批評を浴びたい。めんどくさいお互いの主張を交わしながら話し込みたい。

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神楽坂で飲んでいる時、隣の席の研究者とおぼしき6人組がどこそこ大学の〇〇教授は赤だ、左だ、あいつはエセ右翼だ、俺の若い頃は〇〇したものだ、と大声で話していた。狭い世界観の中で生きてるな、と思ったけれども楽しそうでもあった。

 

ブルーピリオドという藝大を舞台にした漫画にノーマークスという反権威主義芸術団体が出てくる。シェアハウスのようなところに転がり込んで、夜な夜な、好き勝手に芸術論や主義主張をぶつけ合う美大生の溜まり場だ。又吉直樹の小説「人間」にも「ハウス」と呼ばれる似たようなコミューンというかシェアハウスのようなものが登場し、何かを探し求める人達が互いを意識しながら意見をぶつけ合う。そういう場所とぶつけ合う相手に憧れているのかも知れない。

生物標本と陶器と多肉植物のコミューンのような。あるいは制作者ギルドのような。