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時代祭

先週、あっという間に時代祭も終わった。もう師走までもあっという間だろう。


京都市民が交代で仮装行列を担当する市民の祭りだということはわかっている。でも、もう少しなんとかならんものかね。巴御前だとか歴史上の有名人が時代衣装に身を纏って馬に跨っているのは見応えがあるのだけれども、その脇を馬を引いて歩く人がジーンズに柄の入ったTシャツを着ているのはどうなんだろうね。いざという時に走れないといけないから走りやすいスニーカーを履いているのは仕方ないけれども、巴御前織田信長を撮ろうとしてカメラを向けるとチノパンやジーンズ姿の馬引きが写るというのはなんとも観光客向けではない。細部にまで気を配る京都らしさは期待できないのか。


何キロもの距離をだらだらと無表情に歩いて行くというのもどうにかならんものか。距離を縮めてもいいから、停まる位置を複数設けて、舞うなり、踊るなり、馬を廻すなり、音を出すなり、もっとエンターテインメントなことをできんものか。秀吉や信長だけでなく、伊達正宗の月の兜や直江兼継の愛の兜なんかを纏った鎧武者を並べたっていい。それとも京都を制した為政者の行列というしばりがあるのか。そうなると、行列の初めに京都市長が馬車に乗って偉そうに通り過ぎていくことに違う意味が出てくる。正当な系譜に繋がる京都の支配者だとでもいいたいのか。


坂本竜馬やらも登場するので、為政者だけではないし深読みしすぎかもしれない。だとしたら尚更、花魁が八の字に花魁道中を披露するとか、「ええじゃないか」の群衆だとか、歌舞伎の一群だとか、そんなんを加えたって良いではないか。つい先日、平安神宮で若者によるヨサコイのような踊りのコンテストが催されていたようだが、いっそのこと統合してしまったらどうだろう。京都は学生の街でもあるし、彼らがもっとエネルギッシュな動きを時代祭に加えてくれるに違いない。


確か去年も似たようなことを書いた気がする。外国人の友人に、寺社仏閣を彩る春の桜や秋の紅葉を見にわざわざ京都に来ることは勧める気になるが、時代祭を理由に京都来訪を勧めるのは躊躇われる。今のところ、そういう訴求力なのだよ、時代祭は。