古希を迎えた父に高度成長期重厚長大サラリーマン人生を訊ねる

父の古希の祝いで木更津のホテル三日月という温泉旅館に泊まりに行った。


木造三階建ての老舗旅館が好きな私にとって巨大ホテルは好みではないが、幼児連れで安心して愉しめるのはこういう「お祭りランド」やらの遊ぶ施設、ウォータースライダーや流水プールなんかが溢れ、好きなものを好きなだけ食べられるビュッフェのあるホテルであるらしい。

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夜、普段よりも夜更かしすることを子供達に特別に許してみんなで乾杯した。何やら美味いナパの赤ワインを開けてくれた。コンティニウム。継続という名のワイン。息子に孫達に何か意味を託しているのだろうか。単に美味いワインだからというだけかもしれないし、昭和の団塊世代は妙なロマンチシズムの小ネタを仕込んでたりもするし、真意はわからない。

ああ、飲みやすくてまろやかで濃厚で美味い赤ワインだなあ、などと思って飲んでいたが値段を知ってこういうワインを飲むにはこういう値段を払わねばならないのかと落胆。下戸の嫁さんと酒量の少ない私の2人だとワインは楽しみにくい。開栓した後もちびちび飲めて安い日本酒がやはり身の丈に合うのかも。濃厚でとっておきの日本酒を探したいと思った次第。

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父の昔の話はあまり聞いたことがない。少しばかり聞き出してみたが、自分のインタビュー技術がないのと、母がすぐ「あの頃は家ではどうのこうの」と自分の話を差し込んでくるのであまり聞き出せなかった。

母の愚痴から、嫁から買った怨みは何十年経ってもいつまでも昨日のことのように蒸し返されるということを知った。「あの時は腹が立って仕方がないから頭にきて5万円のラム皮のジャンパーを買ってやったわ。それにしてもラムってやっぱり柔らかくて良いわね、だって。。」と話は止まらない。肝に銘じておこう。

親父の話に戻るが、新卒で配属されたら辞めるまで同じ部門に勤めるという社風と時代。同期入社は214人のなかで定年退職までの42年間、本社に残ったのはたった14人とのこと。

親父のサラリーマン人生のハイライトは日経新聞にも載ったという、手掛けた海外への1000億円以上の融資案件らしい。サラリーマン人生の最大の失敗はそれと同じくらいのインパクトと面白さがあるが、本人の名誉のためにここでは書かない。

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50歳になった時には新設されたばかりの早期退職制度で退職金1億円が提示され、その頃それなりの人数の同期が辞めたとも言っていた。今では考えられない金額だ。

1億円の早期退職金に飛びつかないほうが得だと算盤を弾いたぐらいだから今でもそれなりな財産形成されているのではないかと少し期待した。しかし息子2人で私立大学に進学し一人暮らしの仕送りまでしてもらって脛をかじり尽くしたし、両親をはじめ、父から見て従兄弟にあたる身寄りのなくなった親戚を引き取ったりもしているのでそんなに残っていなさそうだ。独身の姉の面倒も見るつもりでいるらしい。

父の父、つまり私の祖父にプレゼントに買ってもらった自転車を勝手に祖父に売られて酒代に充てられたなんて話もあるぐらいの奔放な祖父を見て育った父は貧乏も経験したし、堅実だ。

子供に資産は残さない信条らしく、夜行バスで国内旅行にでかけたり、台湾だのナパバレーだの遊び歩いている様子を見ると、夫婦の老後必要資金以外は綺麗に使い切るつもりかもしれない。

70歳は電車で席を譲られるほどに年寄りでもないし、中途半端なんだよな。と言っていた。反面、まだ元気に海外旅行に出かけられる体力気力もある。

サラリーマンの秘訣は辛抱だ、忍耐だと繰り返していた。説得力があってしんどい。しかし部下が我慢すると思うから上司の横柄も横行するとも思う。高度経済成長時代の重厚長大産業で勤めた団塊世代。サラリーマンは辛抱だ忍耐だと言いながらも結局同期214人のうち200人は本社から去っている。父は本当に辛抱と忍耐の人だったのかもしれない。父の会社には、プライドが高く自己過信して嫌なことがあると「俺は外でも通用する」と勢いで辞めてしまう人がなんとなく多そうな印象。父の場合は子供の頃の貧乏やあれこれと比べたらこんなこと大したことない、といなしそうだ。何でも楽しもうとする楽観主義で、新し物好きでもある。

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私の世代に比べたら遥かに自己犠牲的なサラリーマン人生を歩んだ世代でもあるし、引き続き遺産などビタ一文残さないつもりで遊び倒す老後を元気に送ってくれたら良いと思えてきた。