シンガポールの肉林

仙人掌や多肉植物が見事な植物園を挙げるとしたらこれからはガーデンバイザベイを挙げる。「酒池肉林」という表現があるけれども、ここは正に多肉植物愛好家にとっての肉林天国なわけだ。
 

ガーデンバイザベイのドーム型温室植物園は二つが対になっている。一つは先に書いたクラウドマウンテン、もう一つがフラワードーム。

 
フラワードームの1階の広大なスペースは華で彩られ、ここで撮られた写真が紹介されていることも多い。綺麗だけど、さほど心動かされるものでもない。
 
白眉は2階の多肉植物尽くしだろう。ある意味、湿度も低く雨も降らない乾燥状態に整えられた環境というのはシンガポールでは貴重なのだろう。多肉植物が溶けて腐るような熱帯気候なんて愛好家には恐ろしすぎるが、そんなシンガポールに彼らは乾燥植物園を作ってしまったわけだ。

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シンガポールならではの派手さと、島国にもかかわらず大陸的な構想力でこの温室の多肉植物エリアも構成されている。

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樹齢100年は経ってそうな龍血樹や仙人掌。単体でしか観ることがない品種が群生していたりする。

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フォーカリアもここまで群れると面白い。葉の縁の鋸のような顎は単体で見るほうがその品種の個性が楽しめるとは思うが、群生が本来の姿ではある。

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宇宙錦も樹齢を重ねると葉よりも幹の存在感が際立ってきて別の植物のように見えてくる。

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老楽だろうか。節ができずに綺麗な柱状に育っている。雨にもうたれず、風もなく埃も付かないから棘は純白なままだ。

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樹状に育ったアロエ・ディコトマは愛好家の到達点ではなかろうか。それが林立するとは壮観。

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この巨大な塊根植物はコーデックスだろうか。アデニウムと見受けるがこれだけ大きく育っていると比較による品種特定も難しくなる。
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こういうグリーンカーテンも面白い。

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品種名がわからんが、白い稜線が群生するとなんとも見事。

 

貴重な温室のこれだけのスペースを多肉植物に割くということは、設計者なり発案者と承認者の中に多肉愛に溢れた人がいたのだろう。シンガポールでも多肉植物愛好家は多いのだろうか。

 

調べてみるとシンガポール公園局が主体となって建設された国家プロジェクトで二つのガラスドーム温室の空調設備は日本の「大気社」という会社が受注施工している。ドームのうち1棟は高湿度のクール・モイスト空調を採用したドーム (0.8ha)、もう1棟は低湿度のクール・ドライ空調を採用したドーム(1.2ha)となっているとのこと。ガラスドームの外装カーテンウォール工事を施工したのは、YKK AP ファサード社。巨大で透明な建築物なのだが、1000パターンを超す6000枚の平面ガラスとアルミフレームで構成されているとのこと。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの照明を手掛けているのは、建築照明デザイナーの面出薫氏率いる株式会社ライティングプランナーズアソシエーツ。今の日本には優れた技術企業群があってもそれを統合して描き出す構想力に欠けるということなのかね。

 

総工費は10億シンガポールドルとも言われている。日本円で800億円。豊洲の新市場は6000億円が注ぎ込まれたと言われているし、オリンピック会場は1兆円を超えるなんて話を聞く。なんだか、あまりに投資が下手ではないのかね。クールジャパンなハイテクで伝統的で変態日本文化を融合体現したガラパゴスに突き詰めたものを1000億円づつ10施設作った方が観光経済への貢献度は高いのではないのか。全季節人工室内スキー場ザウスみたいなそういう破天荒なのを作って欲しい。

 

一人だけ興奮しきりだったが、ガーデンバイザベイのおかげで今回のシンガポール旅は満足度が高かった。今度、出張する機会があれば、夜のガーデンバイザベイを一人で訪れてみたい。時間を気にしないで一眼レフをお供にゆっくり、粘っこく多肉植物を愛でたい。

空中庭園 ガーデンバイザベイを見て日本の観光政策に失望した

シンガポールはどこか人工的でハリボテ感が強くて文化的深みに欠けるなあ、などと些か失礼な先入観を持っていた。

 
マリーナベイサンズにしろ、セントーサにしろ、IONも、観覧車も、船がビルの上に乗ったホテルも、一回行ったら十分。そんな観光名所が多いとの印象は変わらない。シンガポールそのものがマーライオンみたいなものだと思っている。
 
そんなシンガポールを軽んじていた私が打ちのめされたのがガーデンバイザベイ。

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クラウドフォレストという6階建の壁面緑化された巨大な塔に登れるのだが、入口正面の滝に圧倒されてしまった。鉄骨や重量コンクリートにガラスやらセラミックやらを貼り付けた800mの塔なんかを建てられても、ふうん、よう、こんなもん作ったな、で終わる。しかし温室の中に6階建の塔を建て、さらにそれを温帯性植物で覆い尽くすとなると唖然とする。

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なんというか、夢があるのだな。

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塔を覆う緑を周囲から見渡せるように散歩道が地上6階の高さで迫り出し、取り囲んでいるのだが、地上から垂直柱を立てていないので浮遊感が素晴らしい。

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散歩道の両側は網状になっており、隙間から遥か地面が見下ろせる。これほど「空中庭園」という表現の似合うものを見たことがない。

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植え込まれた植物は実に多彩で生き生きと活着している。容易に手入れできる場所ではないので、本当に植生と合致しているのだと思われる。

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温室植物園などというとやたらと湿度が高くて、ムッとする。しかしここは外気温よりも涼しく気持ちが良い。
 
安全性や耐震性のためだと称して安全柵やら網やらを過剰に作って景観や風情が損なわれたり、植生の為と称して不快指数の高い湿度と温度だったりしがちだ。しかしここは観光地としての迫力や快適性が損なわれていないのが感心する。
 
植物園は直接的に何かに役に立つ施設ではない。宿泊する訳でもないし、おまけで飲食店は付帯していてもそれが目的ではない。ただ立体的に植物を植え込んであり、眺めるだけ。そんな完全に娯楽文化施設をこれだけの規模と迫力で作るとは。

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敗北感。ああ、今の日本を見渡してこれに勝てるものはないな。構想力の大きさというもので及ばないものを見た気がした。
 
大名庭園や時の権力者が作った寺社仏閣とその付帯庭園は素晴らしい。大胆な構想と緻密な作り込み。その素晴らしさに疑いようはないが、どれも数百年前の時点でのものだ。

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現代の技術や美意識を用いて「大きな構想力」で日本で作られたものに何があるのだろう。
 
海外から日本を訪れるインバウンドの潜在観光客数は非常に多く、経済的効果は大きい。それに応えられるようなワクワクする新しい何かというものが全く見当たらない。

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魚を氷詰したスケートリンクだの、展示後は金魚が大量処分されるアートアクエリアムだの、コンセプトや理念においても小さい。スカイツリーも単なる塔でしかない。此の期に及んでカジノリゾートだなんて、日本だけ世界の潮流の20年前を走ってるようだ。啓蒙するメッセージも感じ取れないものばかりだ。もっとワクワクする近未来と伝統が融合した、何かを日本は作れるはずだろうに。
 
地方の寺社仏閣、温泉や自然景観など古くから受け継いできた魅力は沢山あるが、現代の新しい何かで魅せれるものを日本は生み出せていないのではなかろうか。忸怩たる思い。

自分はなれなかった「かわいい後輩、部下」というもの

もともと、自分には企業や大きな組織で求められるような社交性に欠ける気がしていた。趣味趣向の合う遊び仲間としかつるまず、輪を広げることがあまりできてこなかった。

 
ゴルフもカラオケも興味がないし、パチンコやなんかも興味がない。同僚のように自由になる金もない。盆栽や多肉植物や陶芸に興味のある人にはなかなか出会わない。
 
年次を重ねると、上の世代も減ってきて上司や先輩らの同調圧力で飲みに行く必要も少なくなってくる。断る自由勝手が許されてくる。そんなわけで職場の付き合いは少なくなっていった。職場の友人付き合いはあまりなくなった。
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ところが、今となっては接点もなくなった前職の部下が婚約したので彼女を連れて家に挨拶に伺わせて下さいだとか、別の前職の部下だった外国人女性が結婚式に来て下さいだとか、入社2年間面倒見させてもらった元部下がこれまた結婚式に来てくださいだとか、関西に残っている別会社に転職した後輩が年末に東京に来るので食事に行きましょうとか、部下の新卒女性が新卒3人とおっさんで飲み会しましょうとか、お誘いが偶然にも増えている。特に前職の後輩や部下なんて私を誘う仕事上の義理はもうなくなっている。
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私にも苦手な上司もいたが、好きな上司もいた。しかし上司を飲みに誘うという発想はなかった。結婚式にも呼んでいない。会社の上司を仕事外の時間に自分の私生活に招き入れるなんて思ったこともなかった。
 
しかし誘ってもらえるとこんな自分でも、あるいはこんな自分だからこそか、自分でも予想外に嬉しいことに気付いた。
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偉そうに仕事上で従わせている上司ではなく、少しは若い人に貢献している、あるいは貢献できる先輩として扱われたように思えてくる。この喜びは無意識な承認欲求が満たされたことから来るのだろうか。
 
今から思うと、「⚪︎⚪︎さん(上司)、結婚式で主賓の挨拶して下さい」とか「⚪︎⚪︎さん、今度飲みに連れて行って下さい」なんて言える部下だったら、上司からみたらもっと可愛かったのだろう。何かはわからないが今現在が変わってたかもしれない。
 
それにしても幸せには「やりたいことをやる」だけでなく「人から必要とされる」ということも大きな要因なんだな。
 
定年退職した後も会う関係というやつが、もう一つのわかりやすい価値のある親交なのではないかと思う。そういう相手が一人でもいいから得られると嬉しい。
 

折角だから2017年にやりたいことの追加

もう2017年の抱負は書いたけれども、「今週のお題」に沿って追加で煩悩と物欲にまみれたことを書いてみる。

  1. 「ばりこて」で全部のせしてみる
  2. 極上生牡蠣を取り寄せてエシャロットと赤ワインビネガーで食べる
  3. 新宿の蟹海老専門割烹に行く
  4. 三軒茶屋のピガールでビールを飲む
  5. パリの肉ビストロで肉三昧
  6. パリで兎を食べる
  7. フランスから高級青黴チーズを持ち帰る
  8. Cotoに泊まってみる
  9. 観光列車に乗ってみる
  10. マンゴーと泊まれる少し良い旅館に泊まる
  11. 熱海の界 星のやに泊まる
  12. スーツを新調してみる
  13. 90分のマッサージを受ける
  14. ハンモックチェアを買う
  15. バルコニーで一日中本を読んで過ごす
  16. 氷裂青磁釉薬を買う
  17. 作家物の陶の酒器を買う
  18. 家族全員で写真館で記念撮影する
  19. 高円寺の馴染みの店主を撮影する
  20. 画家の友人に作品を依頼する

黒豆は自炊が健康的で美味で良い

書きそびれてたけどせっかくなので正月雑記。
 
正月は友人から新居祝いに頂いたドンペリニヨンを実家に持って帰って家族親戚で開けた。友人に多謝。シャンパンは御節に合うのだな。シャンパンに苦手意識を持っていたが、美味い。御節に合わせたからなのか、ドンペリニヨンだからなのか。蓮根の酢の物に良く合う不思議。
 
ロレックスとかBMWとかドンペリとかステータスシンボルじみていて、情報や蘊蓄を消費しているようで敬遠しがちだけど、気張らずに飲むとドンペリはやはり美味い。ピンドンも美味しいのだろうな。自分ではとてもじゃないが手が出ない。

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三が日が終わり、早くも4日目から仕事か。

 
今年は御節に黒豆がなくて、無性に食べたくなったので3日になってから自分で炊いた。三温糖の砂糖湯に前の晩から8時間ほど漬け込み、朝から弱火で3時間半弱火で炊く。

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レシピの半分の砂糖で、市販のものよりも堅めに炊く。砂糖液で豆を戻すので芯まで甘みが浸透している分、使う砂糖は少なくとも十分な甘みが感じられる。豆らしさを失っていない方が好きだ。
 
黒豆は自分で炊いたものの方が世間一般の尺度で美味しいとは言わない。しかし保存性を高めるべくマロングラッセのように甘く糖漬けにされたものより、甘さ控えめで豆の味と歯応えが残る方が私は美味いと思っているし、好みだ。

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「めっちゃ 艶ってるやーん!」声には出さずに心の中で小躍り。

 

黒豆は栄養もあるし、子供も大好きだけど糖度も抑えてあるので親としても安心して食べさせられる。秀逸。黒光りの決め手は鉄瓶の蓋を一晩一緒に漬けているから。ヒジキの栄養素から鉄分含有量が大幅に減ったのは鉄鍋が使われなくなったからなんてしょうもない話があったけど、そういう意味ではFe+食品でもある。素晴らしきこと、黒いダイヤの如し。いや、Cではないから、食べる南部鉄器ぐらいの賛美にしとくか。よう知らんけど。

 
牡蠣と干し帆立の炊込み土鍋御飯も相変わらずの旨さ。大根おろしを混ぜて炊くと米の風味は増すと聞いて混ぜて炊いたが、無しで炊いても美味いのでその場で食べ比べないと違いはよくわからない。一層美味くなったんかな。どうだろう。

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これに沖縄の烏賊墨汁を加えたら極上好物「黒」御膳ができるな。来年試みてみるか。

 

球体鉢

本焼きが終わっていた。

 

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蕎麦釉薬を掛けた球体鉢。自分の中では均一で綺麗な陶器ではなく、有機的な焼き上がりにしたいというマイブームがある。これもそんな作品。

 

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こんなに蕎麦釉の結晶が析出して黄色が出るとは思わなかった。他の釉薬と混ぜることなく、蕎麦釉薬だけなのにこれだけ表情が複雑になるとは。赤土の鉄分によるものだろうか。かなり厚掛けしたこともある。

 

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割れ目の淵に塗ったマンガンが適度に流れてくれた。対流紋は好みだ。薄くしか釉薬が掛かっていない箇所は土肌の布目が見えている。

 

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蕎麦釉の結晶がまるで地衣類のようでもある。

 

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全体で見ると、そこまで黄色は派手ではない。緑が映えるかもしれない。さて、どう多肉植物を植えこもうか。若緑や緑蛇のようなクラッスラ系を半球の隙間に植えたい。

 

根張りを考えると春先まで待つのが肝要か。

 

 

釉薬は制御し難し。失敗の山。

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リトープス専用鉢が焼き上がった。月白、白萩、チタンマットに白マットを掛けたのだがなかなか思う通りにいかず。

 

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おそらく月白だと思うのだが、釉薬の濃度と流れ具合が絶妙に適合してくれた。今回の窯出しで唯一の満足いく鉢だ。テストピースでは曲面の流れ具合はわからないから、こればかりは出たとこ勝負になるのは仕方がない。

 

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チタンマットはこの通り。流れすぎて対流紋が現れず。しかも飛びすぎて白ですらない。

 

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白マットは流れず。不均等で不細工。似た風合いならば白鳳の方が良い。

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チタンマットは厚掛けにするとこのように白い結晶が析出するようだ。難しいな。全面が白く焼き上がると思ってたのに。

 

次の本焼き用にいくつか釉掛けをした。

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筺重ね鉢は辰砂を筆塗りした。白マット一色がなんともつまらなく思えたのだが、白化粧土の焼締でもよかったか、などと思う。自然の流れムラに委ねるしかない。これは造形が面倒だったので失敗したくないな。南無三。

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マンガンの流れ方を調べる習作と化した。チタンマットにマンガン模様。どう流れるのか。

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間隔を広狭、取り混ぜたもの。こちらもチタンマットにマンガン。上下逆さまのまま焼いて、曲面の角度と流れ方を検証する。

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右下はチタンマットに一部が重なるように辰砂、そしてマンガンを底に一周。これも逆さまのまま本焼きしてみる。

 

左中央は辰砂にマンガン

 

中央下のぐい呑は青銅マット釉という初めて使うもの。

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こちらは筒林立鉢。白マットをムラが出て表情が出るように筆塗りした。どうなることやら。

 

計算した釉流れや色ムラというのは、好みに焼き上がると嬉しいのだが殆どは失敗に終わる。半分でも気にいる作品ができれば御の字。