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河井寛次郎の器に親しむ

マイケルジャクソンがキングオブポップなら、彼はキングオブミンゲー。柳宗悦でもバーナードリーチでもなく、河井寛次郎。少なくとも自分の中では。


日本には小汚ない雑器を珍重した詫び数寄の文化が4、500年前からあるわけで、白磁や絢爛豪華な器に夢中になっていた他国王朝は歪んで染みて汚ならしい器を茶器に用いて有り難がる日本の大名貴族に呆れていた。昭和に入ってからも素朴な大衆器に美を見出だしたのが民芸運動を牽引した河井寛次郎ら。そのおかげで陶器職人が自分の名前でもって作品を売れるようになり、雑器の多様な創作を促したと思っている。


器の世界で納得がいかないことの一つが材料や装飾技法が同じでも抹茶碗は御飯茶碗より値段が高く、ぐい飲みはお猪口より高いということ。それは茶席や茶懐石で用いられ格式の高い器種とされているかららしい。なんだその虚構のこじつけは。自らに権威付けをし、他を蔑んだそんな業界規準を造り上げた茶道家らは茶の心に背いていないのか。


雑器万歳。


河井寛次郎は器そのものより、彼の住まいだった寛次郎記念館に残された生活用品の渋さにまず惚れた。民芸は器だけでなく生活雑貨全般にわたる大衆品の中からの美の抽出だったわけだから。寛次郎は陶芸家だけれども生活丸ごとが民芸だったと思う。で、そのうちに器の魅力にも気付くようになってきた。



寛次郎作の無数の器の中から好みの器を選ばせて頂き、抹茶と菓子を頂いた。6月30日だったもので暑気払いに京都の季節菓子である「水無月」。


そして別の好みの器で二杯目を頂いた。今度は河井寛次郎の好きだったという安来の菓子と共に。最後には漬物を頂き、冷たいお茶を頂く。




今や河井寛次郎といえばその名声は確立してしまっていて、美術館のガラス越しに眺めるようなひとつ50万円や100万円の値がつく手の届かない器になってしまったが、本来の民芸は普段使いの雑器の中に機能美を見出すというもの。だからこうして実際に器を手に取り、重みを感じながら口を器の淵につけて茶を喫って楽しむ機会を設けて下さったのだそうだ。なんとも有難い限り。



寛次郎のお孫さんに、祖父像を伺う幸運に恵まれた。寛次朗氏の兄が家業の大工を継いでいたので、五条坂に窯と住居を建てる際には目一杯自分の好みを聞いてもらって京町家ではなく無骨な飛騨の古民家のような家を建ててもらったらしい。格式ばったことが嫌いで、作法には無頓着だったが毎食のように気軽に薄茶を点てて飲む家庭だったとのこと。箱書なんてのもよほど頼まれでもしなければ書かなかったばかりか、来客に器をあげたりなんかもよくしていたらしい。誰彼分け隔てなくもてなすことを大切にする人だったそうだ。よく来客を家に上げて、家族の食卓に招き入れていたのだそうだ。素朴で温かい人だったらしい。無論、作陶には全身全霊で厳しく臨んでいたとのこと。登り窯の下から二番目の室が彼の定位置で、調子が良くても歩留り四割、低い時には二割しか完成品が出来上がらない厳しい炎で器を焼き続けたそうだ。