メディア

テレビ報道では専門家を並べて、状況説明を仰ぐ。専門家はパニックを煽らぬよう、言葉を飲み込み確かめるように喋る為、歯切れが悪い。アナウンサーは「つまりどういうことなんですか」と食いかかる。まるで事態の深刻さを決定付けるセリフを彼らから必死に引き出そうとしているかのようだ。


現場からの民放報道もしばらくは事実のみを切羽詰った声色だが努めて冷静に報道していた。しかし12日午後頃からは批難してもよいというコンセンサスが生まれたかのように一斉に東京電力への主観的批難が盛り込まれるようになっていた。まるで東京電力に民放への報告義務があり、それを怠ったことを批難するかのように。知識レベルの異なる職員からの複数の報告が錯綜し混沌としているのかもしれない。東京電力の経営陣とてどれだけ状況を正確に把握しているか。この状況において事故の事実を隠そうとしているとは思えない。情報が二転三転して混乱が増長しないよう、遅々と上ってこない情報を待って確認しているように思う。


これほどの天災に対して批難の対象探しはしばらくは止めて欲しい。批判は安全とこれ以上の被害の拡大がないことを確認してからで良い。野党も与党も非建設的な政争は棚上げして欲しい。非震災地の人達の間でも痛みを分かち合うべく協力していきたい。