朝の9時から2時間近くも滞在してしまったカフェがある。
店へ入ると、木造の古民家で壁は青緑色。自分の好みど真ん中。
道路沿いには広々とした店舗があり、ベトナム産カカオ豆から作られたチョコレートが並べられている。
チョコレートにワイルドペッパー、チョコレートにモルト、あるいはウーロン茶などがフレーバーされたものから、産地ごとのカカオ豆を使った70%ダークチョコレートなどが並ぶ。
壁にはバッチャン焼きの急須や珈琲カップが陳列されている。
中庭には石柱の上に大きな水槽が置かれ、それを目の前にして布のイスが並ぶ。
水槽は木製の大きな長持のようなものに収まっているのだが、石柱に乗って下に空洞があることで威圧感がない。鰭長鯉が優雅に泳いでいる。巨大な水槽を支えるフィルターも木製長持の中に収納されているようだ。水槽の奥の陶器の壺が透けて見える。
私の水槽もせめて陶器の縁を作って、安普請なプラスチックのフレームを見えないようにしたい。四柱に装飾を施して、重厚感を出したい。
ここでベトナムコーヒーとフットバスのセットを注文した。100,000VND也。日本円にして500円。これにも増して価値のある500円体験はそうはない。
花弁や葉、塩が入った大きな金盥に薬膳の香りのする茶色がかった水を大きな薬罐で注ぎ入れてくれた。ひんやりと気持ちが良い。
さらには大きなガラスの入れ物に氷を山盛り持ってきてくれた。足元を冷やすと、冷房など無くともなんとも心地が良い。冷房の効いた部屋の中でオイルを塗りたくられるマッサージよりも気持ちが良い。快適至極。
ここで原田マハの「奇跡の人」を読んだ。朱印船貿易が盛んになった17世紀に300人以上の日本人が住み日本人街を形成していたというホイアン。最も暑い7月に、快適な古民家長屋の中庭で足元から冷やしてくれたおかげもあって、ベトナムにいながら意識は完全に小説の中の津軽へと飛ばしてくれた。何度も泣いて鼻水を啜りながら、上を向いて涙を零すのを堪える。側からみたら情緒不安定な危険な旅行者だ。店員に見られただろうか。
旅先には原田マハに尽きる。全てとは言わないが「楽園のキャンバス」「リーチ先生」といいこの「奇跡の人」といい、とても前向きな感動を与えてくれる。どんな環境でも小説の世界に引き摺り込んでくれる。名所を忙しなく歩き回るのも良いけれども、旅先で本の世界に飛び込むのが最高の贅沢の一つだと思う。
ベトナム産というカカオ豆を3袋買った。チョコレートに加工されてない豆そのままで、甘さはないがカカオのフレーバーが口の中に一気に膨らむ。我ながら、一番の戦利品に思う。そしてチョコレートバーもいくつか買った。
随分と長居した私に気持ちよく対応してくれた店員の青年はホーチミン出身だが都会に嫌気がさしてホイアンに移ってきたのだそうだ。3ヶ月ほど前に大分から仙台まで日本を旅してきたそうで、中でも福岡が忙しすぎず、食べ物も美味しく最も気に入ったとのこと。
ココちゃん。