岩間寺騒動

家に帰ってインターネットで調べると、岩間寺の騒動の概略が判った。


先代住職は四代ばかり代々世襲岩間寺を継いでおり、副住職の弟、寺の事務職員の体の弱い妹、奥さんに娘で岩間寺を運営していた。岩間寺醍醐寺を本山とする宗派の末寺で先代が存命時は醍醐寺の傘下から離脱独立しようと動いて本山と揉めていたらしい。


そんな中、先代が病で急逝した。副住職が継げばよかったのだろうがそれが本山に認められず、先代に後継ぎがいなかったので没後二ヶ月して醍醐寺管長は京都地裁に裁判を起こし強制執行して奥さんや娘を退去させた。彼女らはどうなったかはわからない。


先代や家族は檀家宗徒から慕われていたようで、今まで献身してきた家族が強制退去させられて住まいを失ったことに檀家は心を痛めた。さらに醍醐寺本山は檀家宗徒の存在を認めなかった。今まで全く縁のなかった本山から送られてきた僧侶や事務員により、寺の職員だった妹も解雇され、檀家宗徒と決定的に関係が悪化したようだ。それで業を煮やした檀家宗徒が新しい住職や事務員を攻撃しているらしい。


寺は誰のものか、という問題が横たわる。


基本的に寺は教団や宗派の共通財産のような位置付けらしい。住職は寺を預かり管理しているだけで、住職に後継がいなければ宗派内から僧侶が派遣される。


現代の多くの宗派では僧侶は世帯を持つので、家族も寺に住む。仮に後継ぎに恵まれず、娘も婿をもらうことができなかったりすると、残された家族は住まいを失う事態になる。


しかし本来、寺が宗派の公共財産ならば世襲を繰返し多くの親族がそこを頼っているからといえ住職一家が私物化することはできないのだろう。全く参拝客もいないような寺ならいざ知らず、岩間寺は幸運にも西国巡礼の寺であり、全国から参拝者が絶えない経済的に恵まれた条件にある。それもたまたま諸々の縁で何代前かが岩間寺を預かっただけで、先代一族が得たものではない。岩間寺の離脱は本山からは私物化の動きと受け止められたのかもしれない。


そもそも醍醐寺岩間寺のような寺が教団や宗派の私有財産かどうかも怪しい。皇族や幕府などの為政者の加護のもとにあった寺は税金で建築され、美術品が発注され、それが今日まで至るとも言える。


岩間寺がなぜ離脱しようとしていたのかはわからない。本山への不信があったのかもしれない。末寺の修復は各自で勧進させながら、本山の修復には末寺から実質的には強制的に負担金を強いる。多くの国宝や重文を持つ醍醐寺ともなれば修復費は莫大だろう。岩間寺のような山奥と違い、市街地で快適に暮らし、花見だの華やかな祭礼を執り行い、事業の多角化を行い羽振りの良い本山を快く思わなくとも不思議はない。権威や伝統を振りかざし、末寺を助けずに吸い上げるだけならば、だ。


結局は醍醐寺管長や現住職の徳の無さということかね。権利ばかり主張して接収すれば、そりゃ揉めるだろうよ。残された家族にもう少し配慮してやる余地もあったろうに。岩間寺に顔も出さない人間が檀家宗徒に受け入れられるはずもなかろうよ。


どちらが良い悪いかは判断できないが、歴史ある巡礼寺院が荒れて不快な寺になってしまっているのは事実。原因はどれも本来の信仰とはかけ離れた事ばかりのようだ。こうやって仏教は見放されていくのかね。