ランス世界遺産 大聖堂のヴォールトを作陶したい

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ランスのノートルダム大聖堂第一次世界大戦時になんとドイツ軍の空爆に遭い、屋根や梁が大破したのだという。この件でドイツに対するフランス国民の憎悪が膨れ上がったとも聞く。日本人からしたら鎌倉の大仏や八幡宮空爆で破壊されるようなものだろうか。

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1211年に着工し、建築資金に課された重税に対する反乱に合ったりしながらも1475年に完成。実に260年以上も掛けて作ったのだから、徳川家康が天下統一を果たしてから江戸幕府大政奉還まで1つの建造物を作り続けたことになる。その構想力、それだけのものを作るために搾取できる王権の正当性と信仰への狂信が凄い。


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正面のファサードの石像も所々が破損したままになっており、名残が見て取れる。

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薔薇窓の壮麗さは流石だ。よくぞこんな巨大構築物を作り上げたものだ。しかし感動が起きない。パリのノートルダム寺院を見た後だととても似た寺院という印象で終わってしまう。ステンドグラスもシャガールのそれが見どころらしいが、チェコのアルフォンソ・ミュシャによる青のステンドグラスをまた観たいと思ってしまう。せめてパリのサンシャペルの青を見たいと思ってしまう。

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素晴らしいはずのものを観て、心が動かなくなるのは淋しい。視覚に対して耳年増に似た言葉があるのか知らないが、脳内で初めて見るモノに対しても既視感を持つのは不幸でしかない。こうやって感性は死んでいくのかね。



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外に出て、裏側に回る。ヴォールトが気になる。巨大な窓を持ちながらも重たい屋根を支えることを可能にした建築上の大発明。これなくして、壁の広い面積を薄く華奢なステンドグラスで覆うことなど出来なかったし、聖堂内を光差す明るい空間になどできなかった。この構造を陶器で再現してみたい。

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月の第1日曜日という幸運もあり、博物館や美術館が観光客にも無料で開放されている。館内は子連れの若い家族で溢れていた。子供は、冊子を手にして「この絵を見つけて、絵の中から獅子と兎を探そう」といった課題に興じている。

 

ランスは藤田嗣治に縁のある地。ランスを代表するシャンパン蔵のマムとティタンジェの当主にレオナールという洗礼名をもらい、以降LEONARD FOUJITAと名乗るようにもなったそうな。

 

当時のモンパルナス界隈の画家仲間の憧れだった、そしてマン・レイの愛人でもあったキキの裸婦像なんかも描いている。ピカソモディリアーニなんかとも親睦があった。

 

これこそ、ウッディアレンの映画「ミッドナイトインパリス」で描かれたパリ黄金期ではないか。ヘミングウェイが酒場で喧嘩を売り、ダリが訳のわからんことを呟き、マン・レイフィッツジェラルドドガが徘徊跋扈した。そこにあのキノコ頭のFOUFOU、レオナールフジタが登場しても面白かったのではないか。

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レオナールフジタの作風はよくわからない。クセのある独特な雰囲気の絵だ。鼻と唇の間の溝を「人中」というけれども、その人中の溝が深く強調された顔をよく描く。そんなにみんな人中の溝は深くもないのだけれども、ああ、こんな感じの人もいるよな、と。輪郭を骨描きされた絵を描く。この空気感、雰囲気はレオナールフジタのものだな、という画風が確立されているからやはり素晴らしい画家なのだろう。


私個人としては私の好みにはあまり合わないが、シャンパン蔵の当主達に愛され一時期のフランスで最も有名で成功していた日本人画家がいたということが誇らしい。当の本人は日本社会に棄てられた、と嫌気がさしてフランスに帰化しているのだけれども。

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女性と猫の画家とも言われる。