線は、僕を描く ☆☆☆ 砥上裕将
水墨画の世界と魅力を映像なしに脳内に想起させてくれる良作。心のあり方が線に現れるのはわかる気がする。無心に夢中になって導かれるように造形した感覚になる時はあるし、そのように作られた作品は再現の難しい良作になる実体験は私にもある。技術過多の食傷気味に感じるコンテスト出品作品は目に浮かぶし、水墨画の本質は技術自慢大会でないことにも深く同意する。
しかし映画化しやすそうな登場人物設計に少し文句をつけたくなる。自分の美しさに気付いていない美人、容姿は優れていなくとも目を見張る才能を隠していた不幸な主人公。芸能人や俳優女優がいかにも当てはまりそうでほんの少しばかり興醒める。そういう観客に迎合的な要素を削り落として欲しい。
なんと横浜流星主人公でもう映画化されていたようだ。やれやれ。主人公までイケメンになっているとは。人気アイドル俳優女優で固めて薄っぺらく映画化したらその出来は推して図るべし。
俺ではない炎上 ☆☆ 浅倉秋成
「六人の嘘つきな大学生」に続き少し朝井リョウ氏の雰囲気を感じる題材選び。闇を描いた後にハッピーエンドに導くのがこの人の作品の特徴。SnSに個人情報を載せることの危険性、なりすましを実証することの困難さ、無責任な私的リンチのような批判。
六人の嘘つきな大学生 ☆☆☆ 浅倉秋成
グループディスカッションを繰り返した就職活動を思い出す。自分が学生の採用面接をするようになって本当に人を見極めることの無謀さを痛感する。人は嘘つきで善人のように見えて悪人な側面もあり、それでも大勢は善人か。
熱源 ☆☆☆ 川越宗一
帝国主義が蔓延する世の中でロシアと日本の間で翻弄されたアイヌ、ギリヤーク、オロッコなどの樺太や北海道の民族の歴史を知ることのできる良作。加害者側であるが故に今まで無関心で無頓着でいたアイヌの人たちのことを少しばかり知ることができた気がする。
白人に差別される黒人がアジア人を差別するように、西欧への屈辱を感じながらもアイヌを人種差別していた和人。
人種として劣るがゆえに滅びて当然の民族と看做して同化政策を進めた日本政府。
集団で定住することを日本政府に強いられ、コレラなどの疫病で著しく人口を減らしてしまった北海道アイヌ。
民族学とは帝国主義国視点で優れた民族が劣る民族を支配することの正当性に科学的根拠を見出そうとする学問であったこと。イギリスやフランスが帝国主義時代に精を出していたのは好奇心と博愛からではなかったこと。
西郷従道をはじめ、金田一京助、長谷川辰之助(二葉亭四迷)、大隈重信、白瀬矗など教科書で知った歴史上の人々が登場するのもその時代の活写の生々しさを感じられる。
作中で語られていたように、アイヌの文化の多くは忘れ去られ、アイヌ民族は混血も進んで消滅しかけている。いや、実態はすでに消滅した。
登山家の話かと思っていたら日航機墜落事故にまつわる地方新聞社の話だった。びっくりするぐらい陰湿で縦割り組織や派閥が蔓延り、歪んだ矜持や仕事の美学を持った人たちの群像劇が滑稽なくらいだった。なぜ、そんなに年上は年下に偉そうに振る舞うのか。押し付けがましい恩に若手が期待通りの反応をしないと逆ギレする古株。なんでこの人達はそんなに同僚への配慮や敬意がないのだろう。政治部記者時代を忘れられず、広告主に現場に出ていることをアピールしたいがために日航機の残骸破片を話のネタに拾ってしまう広告局長の暮坂が惨めで切ない。
日本の組織の悪しき慣習てんこ盛り。そして陶酔している。これが愛社精神とやらの成分ならごめんだ。著者は昭和な日本的組織に恨みでも抱いているのだろうか。阪神大震災そっちのけで社内政治闘争と保身に明け暮れる警察の群像劇。誰にも感情移入できない、誰も尊敬できる人がいない。「〇〇を守るため」と自己犠牲的なことを言う輩は大抵が実際のところは自己本位で総じて碌でもない。
黒牢城 ☆☆ 米澤穂信
信長と秀吉が破竹の勢いで勢力を伸ばす時代を描くにあたり主人公に荒木村重を据えるのが興味深い。武士の習いと価値観に現代との違いを感じるが捕らえられ牢屋に繋がれた黒田官兵衛の深謀遠慮に背筋がぞくりとする。
カエルの小指 ☆☆ 道尾秀介
カラスの親指を先に読むべきだったようだ。カラスの親指の続編。詐欺家業から足を洗って久しい武沢一家がキョウという子供のために大きな詐欺を仕掛ける。
詐欺師の疑似家族。それぞれに不幸を抱えた登場人物が最後には救いを見つけるのが道尾秀介作品は良い。全てを理解し見通した上で愚鈍を装い寡黙に導くテツのような人に憧れる。途中で駄作に思えたがそこから二転三転。爽やかな余韻を残して物語は終わった。
三人屋 原田ひ香
夜月、まひる、朝日の三姉妹と主人公の物語。夜月の短慮がどうにも好きになれない。
夜明けのすべて ☆☆ 瀬尾まいこ
PMSを患う若い女性とパニック障碍を患い大企業の輝かしい道から外れた若い男性の苦しさや、それと折り合いをつけ、支え合っていく等身大の人たちの物語。言うべきではないとわかっているのに口が止まらず酷いことを言ってしまう。PMSやパニック障碍を知らない人はその人の発言は本心だと受け止めてしまうが、イライラが抑えられずに本心と異なることを言ってしまうというのは本当にある。