反日に思うこと


中国を訪問する身としては中国の反日運動はどうしても気になる問題だ。小学生が親に背中を押されて日本大使館に投石する姿や日系企業への略奪行為を愛国心の現れだと許容した中国政府の姿勢は衝撃的だった。いくつかの書籍を読み、外資系企業に勤める中国人の同僚や日本人と結婚した中国人の友人と話した限り、中国共産党にとって共産主義イデオロギーはどうでもよさそうだ。反日思想というのも随分とご都合主義的な頼りないものに思える。


結局、清朝滅亡後の混乱期に自分の中国支配権の正統性を主張するために様々なイデオロギーを掲げた勢力が対抗し、たまたま共産主義を掲げた勢力が天下をとったというだけのことではないだろうか。


共産党も初期においては農地を荘園や地主から農民に解放して分け与えると称して農民の熱い支持を得て勢力を伸ばした。しかし一旦権力を掌握してからは生産手段の占有を認めない共産主義のお題目のもとに農地を全て国に召し上げた。配給制や戸籍の徹底管理で農民を農地に縛り付け、生来の生まれでもって待遇が大きく左右される封建的な階級社会を作り上げてきた。権力を確立するために利用できるものは何でも利用するだけだと考えれば非常に一貫していてわかりやすい。革命直後は国民党残党など反革命分子を70万人近く粛清し、公開処刑して見せしめにしており、その後も三反運動、五反運動、黒五類、臭老九などと称して脅威になりうる知識階層を粛清してきた。あくまで民主革命と称して。


袁世凱時の支配者となり自らを皇帝と名乗ったが大顰蹙を買って数年のうちに新王朝は機能しないまま彼は病死した。王権による支配は時代の流れから無理があった。時代は下るが胡耀邦総書記も親日派と知られ日中交流に努めたがそれを反共産的であるとか売国奴であるなどと攻撃材料にされ失脚する一因になっている。こうして総書記であろうとも親日であることが失脚することを他は学んだのだろう。国家指導者もしくは支配者としての地位と権力を享受するには、皇帝でも親日や国際派でもなく自らを反日で敬虔な共産党員であると示すことが必要だと先例を見ながら後続の人達は悟ってそう振る舞っているだけのように思う。「演義を読むは凡人、孫子を読むは有能、韓非子を読むは賢人」と現代中国で言われるように韓非子の冷徹な現実主義と功利主義に沿った振舞だと思う。経済を発展させ都市部の住民を満足させるのが不可欠と見るや社会主義の根底にある私的財産所有の禁止すらひっくり返し大資本家や貧富格差を認めている。当初の共産主義主張は殆ど見る影もないが、共産党が支配する正統性を有するという一点だけは依然として維持している。


共産党は現在の中国支配の正当性を抗日闘争に求めている。人民は支配され悲惨な生活を送っていたが、共産党が日本と戦い人民を解放した。だから共産党が国を率いていくのは正しく、共産党を愛せねばならないとされている。しかし実際には、日本軍と前線で交戦していたのは常に蒋介石率いる国民党であり、共産党は独立にさほど寄与していない。日中戦争以前は圧倒的に国民党が優勢であり、国民党軍430万人に対して共産党軍は120万人程度しかおらず共産党にまず勝ち目はなかった。しかし国民党が日中戦争で消耗していく中で共産党は後方で状況を静観し、ソ連軍から武器援助を受け、蓄えた力を温存していた。「力の70%は勢力拡大、20%は妥協、10%は日本と戦うこと」と毛沢東は指示していたと言われる。


当然、各国でそれが史実だとしても中国内では事実だとは受け入れないだろう。そんなわけで、王権神授説並みのでっちあげのようにしか感じられないものではあるが、共産党による支配の正統性を主張することが必然的に反日であることを求められる現在の体制上、反日は続くのだろう。尊厳を得られない若者達が唯一許された日本批判や日本店舗からの強奪で少なくとも何かに対する優越や優位性を感じたいのかもしれない。共産党への批判に向かわないよう手加減しながらガス抜きのための反日愛国運動を黙視しているという見方は説得力がある。


しかし教科書の中でしか知らない日本侵略の史実で日本を恨み続ける情熱は続かない。反日運動に労を費やしたところで自らの生活が豊かにはならないならば半世紀以上前に蹂躙された国家の尊厳の為に加害者の子孫を責める自己犠牲的な義憤など続かないだろう。日本人でも未だ第二次大戦を理由に反米を貫く人などそう多くないだろう。心情がそうだとしても明らかな行動に出る人となると殆ど知らない。阿片漬けにして清朝崩壊に追いやった英国に対してすら反英意識などほとんど残らないほど中国人はもっと実利的で現実的で未来志向のように思う。


しかし過去を引き合いに出して尖閣諸島の領有権や資源の獲得を推し進めていく為に反日が強調されることはあるだろうな。それは実利的で中国の切実な問題だから。しかし体制に変化があれば数十年のうちに急速に反日は消えていくほど実態に根差さない煽られたもののようにも思う。今現在の見方はどれだけ確からしいのか。5年後、10年後はどれだけ変わっているだろうか。