本のサナギ賞やあれこれ読書備忘録

☆☆☆「稲荷山誠造 明日は晴れか」本のサナギ賞 受賞作 香住泰

 

祖父と娘、孫との価値観の相違や断絶。

年寄りのパワー。

お互いの歩み寄り。

いつまでも人は変われる。

そんなテーマが映画化されそうなドタバタ劇を通じて描かれる気楽に楽しめる娯楽小説。

 

「本のサナギ賞は現役書店員〈本の虫〉が、「世に出したい」と期待を込める作品〈本のサナギ〉を見出し、書店、著者、出版社が一丸となりベストセラーを目指すエンタメ小説新人賞」だそうだ。ベストセラー作家への登竜門となった本屋大賞といい、偏った少数の審査員の好みに大いに左右される直木賞芥川賞と違い、全国の書店員の推薦というアカデミー賞に近い芽の出ていない作家を発掘する素晴らしい賞だと思う。純文学や文藝としての技巧性や新しい価値表現のようなものは及ばないとしても皆が楽しめる価値のあるものを発掘する点で作家だけでなく書店員さんの価値を再認識させてくれる良い賞だと思う。

 

 

☆☆「あなたの贅肉落とします」柿谷美雨 

落とすべきは体重ではなくその凝り固まった思い込みや考え方なんだというメッセージを含んだエピソードがならぶ。

そうなのだよな。食べ過ぎてしまうのはそうしないと気が済まないような心理的な鬱屈した気持ちがあるからで、それを解消しない限り体重は減らない。運動よりも過食をやめることに尽きる。

様々な境遇の登場人物に対して一見、太って見える中年おばさんがダイエット指南をしていく短編集。「あなたの人生、片づけます」の続編。

 

☆☆「老人ホテル」 原田ひ香

場末の老人ばかりが長期宿泊しているホテルで貧しい清掃員として働くエンジェルというキラキラネームをつけられた主人公。

生活保護を受け続けるために子供を作り続けた働かない両親という設定。金欲しさに大家族番組でテレビ局に家族のプライベートを売る両親。風物詩的な大家族番組はビッグダディか石田さんちかがモデルか。

親にネグレクトされて世間に飛び出すことを強いられた学もなく世間知らずで貧しさから抜け出せない若い女性の主人公がホテルに長期宿泊する元資産家大家の老婦人の知恵を借りて人生を立て直していく話。

ホテル清掃員の裏。大家族系番組取材の裏。不動産不労所得の裏。複数の業界の話が見聞できて興味深い。

コンビニで食べ物の殆どを買い、月1万円もスマホ代を払い、月収の40%近くもする家賃を引越しする金もないからと払い続けたらそりゃお金はたまらない。不動産投資もみんな知らないからやらない。ダメな主人公が学んでいく過程で読者もあちこち突かれる楽しく勉強できる小説。