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あやしい 穴場 本格タイ古式マッサージ

マッサージが好きだ。人生で延べ70回以上はマッサージを受けていると思う。とりわけタイ古式マッサージ

 
神戸にいた際は毎月2回ほど行くものだからマッサージ師さんの飲み会に誘われたり、しまいには社員旅行に同行させてもらうほどだった。モロッコ旅行後にモロッコの民族音楽フュージョンしたチルアウト系のCDを店長に貸したら、時折マッサージ屋で流れるようになった。
 
フィリピンにいた頃は値段が安いこともありマッサージ欲はさらに加速し、全て平均化すると週に1、2回ほどのペースでマッサージを受けていたように思う。自宅に出張マッサージしてもらったことも10回以上はあると思う。マッサージしてもらいながら電話会議に出たことすらある。会社労働規定にもダメだとは書いていなかった。マッサージのイタ気持ち良さを満喫するために筋トレをするぐらいだ。
 
そんなマッサージ好きの自分にとってタイ古式マッサージはとりわけ好みだ。足裏で体重をかけて踏んでくれるので、力の弱い女性でもしっかりと圧をかけてくれるし、足裏や掌、膝など面で押してくれるので点で押す指圧よりも下手なマッサージ師にあたっても安心できる。そもそもワットポー式などは手順や手技が定型化していてあたりはずれも少ない。
 
高円寺で気になるタイマッサージ屋があった。路上に置くタイプの電飾看板で存在を知ることになったのだが、店名をインターネットで検索しても情報が一切出てこない。この情報化社会で、だ。誰かのブログ記載すらない。この時点でかなりあやしい。
 
店は雑居ビルの2階にある。以前一度訪ねた時はドアが閉まっていた。ドアはアパートのドアのような金属ドアで、中は見えないし呼び鈴もない。やはりあやしい。
 
看板には固定電話の番号が記載しているのだが、その番号にかけても現在は使われていないと言われ通じない。何かがおかしい。
 
看板に記載された営業時間は13時から26時までとなっているがこれもあてにならない情報だ。18時頃、店の前を通った際には電飾看板は消えていた。20時頃、再度店の前を通ると、電飾看板が点灯していた。見上げると2階の灯りも付いている。今日は確実に誰かがいる。
 
勇気を出して雑居ビルの狭い階段を上ってみた。やはり金属ドアは閉まっている。ドアノブを回してみたがカギがかかっている。やはりダメか。最後にガチャガチャともう一度ドアノブを回し、壁に呼び鈴が無いことを再確認し、諦めて階段を下りようとした。
 
後ろで金属ドアが開いた音がした。心拍数が上がったのを自覚した。
 
振り返ると、ドアの隙間から東南アジア系の若い女性が顔を出した。平静を保つ為に、咄嗟に「タイマッサージ屋さんですか?」と訊いた。「はい、そうですよ」と明るい声で答えてくれた。逡巡したが、クレジットカードも身分証も家に置いてきたし、現金は4000円だけしか持ってきていないことを確認し、入ることにした。
 
もし私が「タイマッサージ屋さんですか」と訊かずに我慢して沈黙していたら店員さんの第一声は何だったのかが今となっては気になる。
 
中は拍子抜けするほど普通でまともなタイにあるようなマッサージ屋の内装だ。特別に豪華でも洗練されているわけでもない東南アジア風。マッサージ師の資格免状があったり、タイ王宮の写真がかけてあったり。
 
メニューはシンプルでタイ古式マッサージ60分が3500円。オイルマッサージは4500円。90分、120分のコースもあったかと思う。足裏は30分3000円。かなり相場よりも安い。
 
カーテンに区切られて布団が3つ。普通のマッサージ屋の設備だ。店内にいたのは若いマッサージ師さん一人だけだった。一番奥の区画に案内され、上下セパレートのマッサージ着に着替えるよう促された。これは単なる安いパジャマだ。
 
「サイショ アライマス」と言われて「何を?」と疑問が湧いたが、盥にお湯を運んできていた。そりゃ当然洗うのは足だ。石鹸とブラシで軽く洗ってタオルで拭いてくれる。手順は全くタイのマッサージ屋のそれと同じだ。マッサージ師さんの日本語が少し、たどたどしいことにも気づいた。
 
足裏を足で踏んづけるところから始まった。ふくらはぎから太もも裏、尻、腰、背中。結論から言うと、全くあやしいものではなく真っ当なワットポー式マッサージだ。本場ほどではないが丁寧だし充分に上手だ。背中を反らされ、ひねられ、背骨をボキボキと鳴らされ、懐かしのタイ古式マッサージだ。
 
「ツメタイノカ アッタカイオチャ ノミマスカ」と言われたので温かいのをお願いした。出されたのは熱い緑茶だった。なんだ、あやしくない、まともなマッサージ屋ではないか。
 
タイにこれまで4、5回は行っていること、タイ料理も好きなことなどたわいもない話をした。高円寺のタイ料理屋も美味しいですよね、あそこはシェフもタイ人ですよねと話を膨らませていると、「ワタシモアノミセ イツモイキマス」とようやく笑顔で話すようになってきた。
 
どうやらまだ20代。タイでマッサージを学んでから来日したのか、日本で学んだのかはわからない。
 
次回来店する時の為に予約はできるのか聞くと、電話番号は無いという。またマッサージを受けたいときはどうするのか聞くと18時ぐらいから空いているという。直接、店に来いということか。但し、日曜は休みとのこと。
 
固定電話が使えないとしても、予約を受ける為の携帯電話すら無いとはどういうことだろう。正しくは初めての客の私には教えられないということなのだろう。他にマッサージ師もいない様子だったがベッドは3つ。インターネットでホームページも何も見つからない。商売として成り立つように思えない。そういえば、どうやって店を知ったのかを訊かれたのも後から思い返すと他意がある質問に思えてくる。冷静に考えると、やはりいろいろとあやしいのだ。
 
この不可解さは何だろうか。
 
私が入った後、彼女はドアの鍵をかけ直していただろうか。ドアをかけてしまったら他の客が間違って入ってくることはなくなる。店には何か異なる顔があるのか、それを隠す表の顔としてのマッサージ屋なのか。
 
 

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高円寺には普通に暮らしていれば知る必要もない裏の顔もあるのかもしれない。裏への入口は注意しなければ気づかないようなところにポッカリと口を開けているのかもしれない。
 
 
この感覚、20年近くも前にやった、香港の九龍城という実在の治外法権化した集合住宅スラムが舞台の「クーロンズゲート」というゲームの印象に似ている。ふとした油断の先に、通常ならざる世界に陥る羽目になり、普段入れなかった扉を通り抜け謎解きを進めていく。魔窟の住人は得体が知れないが、臆病で繊細でひきこもりだったりする。初めは偏見で見てしまうが、そのうち住人に愛着が湧いてくる。
 
 
知る必要もないその先にクビを突っ込めば、格安穴場本格タイ古式マッサージ店は字面通りの存在ではなくなってしまうかもしれない。私にとっては知らなくても良いことを知るよりも、安くて上手なタイマッサージ屋があれば充分ではないか。どこかで警戒心を残しながら、割安なマッサージ屋に通うだけの平凡な客でありたい。そうすれば60分3500円でタイ古式マッサージを受けられる。
 
得体がしれないので写真は不掲載。怖いから。高円寺が何か違う街のように思えた日だった。