蓬莱屋旅館

房総半島の太平洋側、いわゆる外房の天津という小さな漁村にある温泉旅館へ。


建物の屋上に港と海を一望できる露天風呂と海の幸の料理がウリらしい。


5年ほど前に来た千葉の料理旅館と何か似たコンセプトを感じる。魅力的な写真を多用したホームページ、和モダンな客室、貸切露天風呂の設置、色浴衣のサービス、チェックアウト時の女性だけへのお土産。リニューアル時にその頃に流行りの旅館コンサルタントを利用されたのではないか。今ではじゃらんで4.9と高い評価がついて時流に乗ったリノベーションに成功している。



港の前の旅館となると、目の前は海だがそれ以上に視界を占めるのは防波堤のテトラポッドや桟橋のコンクリートの灰色だったりする。小さな町とはいえ少し中心街から外れないと海岸線と水平線の眺めとはならない。東北地方の沿岸をスーパー堤防で防護するという計画はどうなったのだろう。海の景観を奪い、海と生きる人達から心理的にも海を奪うことに繋がりやしないだろうか。



12室、4階建ての小さな旅館なので屋上といえど露天風呂は湯船に立てば道路や堤防の釣り人から丸見えだったりする。結構、散歩をして通りがかる人が多いのだが皆ちらりとこちらを確認している気がする。そこらの爺様のお気に入りの巡廻ルートなのかもしれない。貸切露天風呂には柵があえて設けられておらず、代わりに電動シャッターが付けられており、湯船に入ってからシャッターを上げて眺望を愉しめるようになっている。湯は10分も浸かっているとのぼせるほど熱い。大抵の人は見られることなど気にせずシャッターを開け放したまま湯船の淵に腰掛けてしまうのではないだろうか。客に選択肢を与えた上であえて眺望を遮る柵を置かなかった英断を称えたい。


夕食はとても美味で満足の行くものだった。思うに箱根や伊豆などの名のある観光地よりも千葉県房総半島の温泉旅館はだいぶ割安だと思う。同じ水準の料理を出す宿は箱根などでは1万円近く高くなる気がする。


強いて希望を言うなら高級食材を減らして地場の季節の魚を増やしてくれたほうが満足度は高まる。小振りな伊勢海老が丸一尾、一人づつに出された。生簀にストックしていると思われる。伊勢海老の刺身は美味いが身は少ない。伊勢海老の原価を削る代わりに漁村ならではの朝に上がった鮮魚を倍量詰め込んでくれたほうが嬉しい。魚の格として値段は安いが鮮度次第で溜息が出るほど美味い魚は多い。鯵も然り。勿論、折角だから鮑や伊勢海老のような華やかな食材を食べたいという人が多かろうこともわかる。同じ価格設定の中で量は少なくとも高級食材を食べたいか、食材の格は問わないがその季節の美味い魚を料理長任せで目一杯食べたいかを選べたら嬉しい。
金目鯛の煮付け、鰹の叩きの玉葱和え、栗の先付け、鯖の茶漬けの出汁が絶品。



朝食は今は使われることなど少ないであろう宴会場の畳の上にテーブルが入れられておりそこで頂く。大抵は朝食を終えて部屋に戻ると布団が片付けられているものだが、あえて片付けないと明記されている。日常ではあり得ない豪華な朝食に満足した後に部屋に戻り布団の上にごろりと横になるのはとても心地良く、これは良案。宿の側もチェックアウト後に客の荷物を気にすることなく片付けたほうが楽だろう。


13畳ほどの和室、部屋食で1万7000円はなかなかの高価格だ。なんだかんだ料理がとても美味しく露天風呂も気持ちが良いので満足か不満か二択を迫られれば皆が満足と答えてしまう、そんなギリギリ高めを上手く狙った価格設定だと思う。