初冬にマンゴーという犬について

美しい生き物だと思う。

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 冬になると、常夏の南国生まれのマンゴー殿は寒いからかより一層、私の後をついて回ってくる。隙あらば膝の上をせがみ、炬燵の中に潜り込み、布団に入れば侵入してくる。明け方、ああ、温かいと思ったら脇の下にマンゴー殿が挟まっていたりする。床の犬用ベッドに寝て欲しいのだが、私が寝入った後に侵入されるとどうにも防ぎようがない。私が寝返りを打つ時、マンゴー殿はどうしているのだろうか。


明け方、私が寝ぼけている際に、たまに鬱陶しくなって足で押しのけたりする。あちらさんも気持ちよく寝ているところなので、足蹴にされると不快らしくヴゥーと低い声で唸ってくることもある。そんな負の感情が見えると嬉しくなる。


ただ餌をもらって尻尾を振って隷属する家畜ではないのだと。喜怒哀楽を持つ一つの人格というか犬格なのだと。そんなことが確認できて嬉しくなる。もしかしたら、逆らうことが、私を絶対服従の対象ではなく不服の意思表示も受け入れてくれる対象だと思ってくれている証左に感じるからかもしれない。

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考えてみたらとても長い舌をしている。そもそも鼻先が長い顔貌をしているのに、さらにその先の鼻頭を舐められるぐらい舌が長い。鼻先に潤いを与えると匂いが嗅ぎやすくなるのだろうか。自分の口臭は邪魔にはならないのだろうか。

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 破顔一笑の気持ち良さそうな欠伸。目が笑っているかのよう。

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伸びをすると、こんなに体は長かったのかと驚く。猫もそうだが、流体のような振る舞いを時折みせる。


ドッグイヤーという言葉がある。犬の一年は人間にとっての七年に相当するという意味だ。目の前に7倍速で人生を過ごしている存在がいるのだ。その事実から何か高尚なものを汲み取れないかとも思ったのだが、ただそこに居るだけなのだよな。

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たまに呼んでも反応しない。陽だまりで昼寝している時などはあからさまに無視される。私が小さな声で「バン」と言うと、それがどんなに小さな囁きでもすぐ腹を上に向ける。お腹を掻いてもらえることを知っているから。全部聞こえているんだよな。バレているのだよ。


毛布とマンゴー殿の毛並みが同化しているのではないかと思う時がある。改めて触ると、毛布よりも毛皮の方が肌触りは断然良いのだけれども。人間にもマンゴー殿のような柔らかく艶やかな毛皮があれば毎日着る服を考えずに済む世の中になったものを。彼の毛皮がこの季節は羨ましい。


今年は戌年だったんだぞ。知ってたか。それもあと僅かで終わる。年の暮れに、マンゴー殿が好きそうなことをひたすらして尽くす為に有給休暇を使ってやってもいいかもしれない。