上半期書評備忘録

爆弾 ⭐︎⭐︎⭐︎ 呉勝浩

「私を見ない人は私にも見えない」

 

読み返したくなる、無差別爆弾テロ容疑者に一片の真実や誰もが持つ人間の負の面を語らせ、えぐらせる強烈な作品。

刑事に対しての分析が辛辣だ。斜に構えて分析し達観してわかったような気になっている。本当に真剣に失敗を恐れずに取り組み達成する充実感を予想できていながら傷つくことや失敗することを恐れて現場に留まる捻くれ者。

作者自身にもサイコパス思考がなければここまで容疑者に語らせられないのではないか。

 

汝、星のごとく ☆☆☆ 凪良ゆう

「誰かに遠慮して大事なことを諦めたら、あとで後悔するかもしれないわよ。そのとき、その誰かのせいにしてしまうかもしれない。でもわたしの経験からすると、誰のせいにしても納得できないし救われないの。誰もあなたの人生の責任を取ってくれない」

「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」

「まともな人間なんてものは幻想だ。俺たちは自らを生きるしかない。」

 

櫂の上京先として高円寺が出てくる。実在の誰かの人生がこの街にあり、どこかですれ違っていた気がしてくる。

 

水を縫う ☆☆☆ 寺地はるな

こんなに仲の良い姉妹はいるものかね。地味なれどモノづくりが好きな身としては胸熱な展開。

私も主流な趣味をなかなかもてずに生きてきた側なので刺繍が趣味の少年の気持ちはわかる。

全く社会人としては、親としては、人間としては愚鈍で失格な父親がモノづくりを通じて息子に見せる姿は爽快。

器用貧乏であれこれ中途半端な人間である私としては、社会不適応者でも才能に溢れた歪んだ天才に憧れる。

 

百年の子 ☆☆

小学館をモデルにした児童文学の戦前から現代までの奇跡を下敷きに祖母、母、娘のつむぐ物語。

絵本や児童文学に対する戦前、戦中の大政翼賛会からの抑圧や兵器の図解付録が人気であったこと、特撮怪獣モノで被曝怪獣という配慮の足りない表記で抗議を受けた実話事件、児童文学者たちの願いと戦いなど知らないことも多かった。

終盤での母の悔恨と懺悔に切なくなる。

 

リセット ☆☆☆ 垣谷美雨

学力も美貌も性格も様々なそれぞれの女性が不幸な人生に高校生からやり直すことを願い、やり直しても新たな不幸にないものねだりの甘い認識に打ちのめされつつ、また希望を抱いて立ち上がっていく中年女性の希望の見える物語。

女性同士の足の引っ張り合い、相手の不幸を願う醜さ、マウンティングの細やかな感情の機微が刺激的。

 

今が不幸であればあるほど過去が美化される。

経験したことのない別の境遇にあこがれつつも想像力がないから実態がどのようなものかわからない。

 

はるみの住む、人生をリセットして帰りたい部屋は中野ブロードウェイの先にある風呂無し6畳一間の木造モルタル2階建アパートの隅の部屋。

 

人生は無いものねだり。幸せは探すものではなく目の前から見つかるものだと改めて思わされる小説。人生に諦観と妥協と失望を感じ始めたミッドライフクライシス最中の40代女性が不幸だと思っていた人生に立ち戻り、果敢に立て直していく希望を見せてくれる物語。後半になるにつけ面白くなっていく。

あとがきの男尊女卑思想の強い石川達三批判が爽快。

 

流浪の月 凪良ゆう ☆

誤解を招く状況を理解せず、弁明せず、大事な人を傷つける事態に守ることもせず、戦わずに悲しむばかりの無知な主人公にイライラする。説明することなく「理解してくれない」、言うべきことを言わずに「聞いてくれない」。分かり合えるとは限らないが説明してそれでも理解してもらえることもあれば、理解されないこともある。わかりにくいことを説明せずに自ら悲劇を招き続ける行動を続けるどうしようもない頭の悪さに著者は何を伝えたいのだろう。

 

思い返すと「汝、星のごとく」も思いを伝えず、説明もせず、すれ違い、自暴自棄になって取り返しのつかない破滅的な状況に至って悲しむパターンだと気付かされる。

 

マイノリティを扱いながら、人は多様であることを前提としながら、違いを説明する努力をすることなしに違いが理解されないことに嘆くその救いのなさに嫌悪感が残る。周囲の大人の心の弱さを責めるように描くが、悲劇の登場人物こそが心が弱い。悲しく切ない物語のようでいて、うじうじとした主人公が繰り返し描かれる共通の骨格が見えてきてげんなりした。

 

鹿の王 ⭐︎⭐︎ 上橋菜穂子

もっとファンタジー小説だと思っていた。コロナのような疫病が蔓延した時勢にこそ読み甲斐のある異国を舞台にした医療小説とも言える。

 

正体 ⭐︎⭐︎ 染井為人

冤罪を証明しようと逃げながら戦い続ける死刑囚と逃げる先々で出会い、その人柄に救われる人たち。

この人はこういう人だ、こう扱って良いと暗黙の了解が形成されてしまった場合の他人は残酷。

 

告解 ☆☆ 薬丸岳

飲酒轢き逃げ事件